第50話 第八章 理不尽な激流、前へ…


 予想もしていなかった騒動から逃げるように務古の水門を後にした岳一行。

 その水門から一刻ほど足を進ませた所に摂津との国境がある。

 元々大和の民であり、全国各地、武者修行を兼ねて渡り歩いていた吉備津彦の話によると、この国境が西と東を分ける大きな境であるらしく、そのような重要な場所を通り過ぎる刻には朝廷管轄の関所から発行された手形を持っていなければどうやらそこは通る事はできないらしい。

 吉備津彦は勿論それは持ち合わせているが、岳の分はない。それに、神である天鈿女が通る際はどうなるのかという疑問が湧き出てくるのである。

「あれ?吉備国から抜ける刻はそのような取り締まりなどなかったではないか…?」

 岳が抱いた素朴な疑問であった。

「岳ぇ、狭野尊の石像があった集落の事忘れたの?あそこが所謂この関所のような役割を果たしてるんじゃないの?」

「あ、そっか…。でも、何だか今回のは、お堅いというか、あっさりしてるというか…。」

 吉備との国境に位置していた集落では、神大和磐余彦尊の力が入国する際に邪な者を近づけぬようにしていたと記憶するのであったが、この地へと入国するには役人に申請して、手形を発行できれば誰もが入国できるのではないかと思わざるを得ない。

 頭脳や感覚に長けた者なら、邪な者でもいともたやすく…と、岳は感じたのだった。

「まあ、岳がそう思うのも無理はないな。大和に近づけば近づくほど、近隣諸国の真似事のような組織の構成になってくるのだ。それが財団法神、天孫の現状のようなものだ。いいのか悪いのかは儂には分からぬ話だがな…。」

 吉備津彦は遠くの方へと視線を向けながら、何かを含ましたような口調で言った。

「まあ、いいわ。私は天孫の役柄だから多分大丈夫だと思うけど、岳の分を発行しなきゃ確実に摂津には入れないんだから、とりあえずその関所に行ってみましょうっ!で、吉備津彦。その関所はどこにあるの?」

「はい、ここからだとそう遠くない場所に北の河(現、淀川)がありまして、その畔にございますぞ。」

 吉備津彦の答えに天鈿女は笑顔で頷いた。

「なら話は早いわっ!すぐ様そこへ行って、手形をぶんどってやりましょうっ!」

「いや、わざわざぶんどらなくても…。」

 既に天鈿女の姿は吉備津彦と岳の大分前を何故か意気揚々に歩かせていた。

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