第49話 第七章 見参!!噂の熱い漢

「何よ、狭野。あんな言い方しなくてもいいじゃない…。酷いわ…。あんまりよ、もう…。」

 天鈿女はぶつくさと呟きながら路を進ませていた。

「天鈿女様、あれは大先生の雨と無知。否、飴と鞭に御座いまするぞ。お気に召されぬ方が良きかと…。」

 その言葉に流石の天鈿女も返す言葉は出てこなかったらしい。

 それもそのはず、切望して、久々逢えたと思いきや、自分をババア呼ばわりされ、そして足蹴にされたのだから…。

 天鈿女の心は傷つくに傷ついていた。

 吉備津彦はその姿を垣間見ては強く拳を握りしめていた。…が、実は心配で仕方がない気持ちを心の片隅に燻らせていた。

 その二方から三歩離れた所で歩いている岳は、その背姿を見つつも、狭野尊から手渡された短刀を握りしめながら、深く思いつめていた。


『一体、私は何者ぞ…。弥生の夫である事は間違いないのであるが、天孫の子?訳が分からぬ…。』


 服部の地で知り合った、渋いおっさんから賜った白い光の球の力と、先程、狭野尊から手渡されたこの短刀。そして、この身体から不思議とずっと起ち込めている白い煙のような何か…。

 この旅の経験から培う知識と術。仲間達と勇敢に立ち向かうという心。民を慈しむ気持ちと、そして、自らと向き合う強さと気高さ。

 吉備から旅立って、どれだけの刻が流れたのかは、数えていない今となれば皆無であるものの、旅立が初夏。そして今は木の葉が大地を埋め尽くそうとする刻手前。

「よし、ここから摂津という国に入る。これから何が起こるかは…分からぬ。」

 吉備津彦の声は少しだけ震えているように岳は聞こえた。



 生田の地から遂に摂津へ入国した岳一行。

 前章でも語ったが、狭野尊一行も辛酸を舐めた雪辱の地である事を吉備津彦は知っていたからの言葉…、かもしれない。

 恋に傷ついた天鈿女の心情は癒える事ができるのだろうか?そして、自分が何者かという理の確信に迫りつつあり、戸惑い隠せない岳津彦。

 これから先、一行には更なる困難が待ち受けている。

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