第48話 第七章 見参!!噂の熱い漢
「ふっ…。儂の路を辿るなど言語道断っ!!!自らの路を切り開けっ!!出来ないのではないっ!やるのだっっ!!あーっはっはっはっはっ!!!」
相変わらず漢の高笑いは続いていた。
岳、吉備津彦、そして天鈿女。お三方、それぞれの想いを噛みしめながらこの漢の姿を眺めていた。
皆の想いも露知らず、只、高笑うこの漢…。
それ正しく、気高く、自信に満ち溢れ、憂いや悩みなどとは縁遠い者の姿であった。
辛酉の年、橿原宮(かしはらぐう)で伝説の二夜連続、大神楽(おおがぐら)をやらかしたという伝説があるとか、ないとか…。
そう…。初代天皇に即位し、天之御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)により御肇国天皇(はすくにしらすのすめらみこと)の称号を与えられたこの漢こそ、天鈿女が散々岳に「あなたの祖」と語っていた神大和磐余彦(かみやまといわれひこ)。またの名を狭野尊であった。
「おいっ!著者よっ!!初めからネタバレしやがったなっ!!もっと俺で遊んでいてもよかろうもんっ!!!」
狭野尊は天に人差し指を力強く刺し、徐に叫び声を上げた。
「おおお、狭野尊大先生っ!!!久方ぶりでございますっ!!!して、今誰に語りかけていたのでございましょうか…?」
吉備津彦の声に、狭野尊ははっと我に返させて、少し恥ずかしそうな面持ちを浮かべた。
「いや、何でもない…。気にするなっ!!!して、彦五十狭芹彦よ。鍛練を怠っているのではないか…?やはり先程の踏込の甘さが気になる。」
「いやーっ、いやあああああああ。」
天鈿女に振り回されるようになってから、何か、どこか調子がおかしい。
というよりも、これまで少なからず一日四刻は剣を振っていたのだが、旅に出たあの日からというもの、そんな刻を設ける暇などなかった。
だからこそ、件の大蛸を自らの力だけで仕留める事ができなかったのではないかと、狭野尊のこの言葉で吉備津彦は初めて気がついた。
「いやあああああああああ…、いやーっあああああああああああ。」
吉備津彦の進退窮まった態度に、顎髭を右手で弄ばせながら、狭野尊は満足気な表情を浮かべていた。
「反省しておるようだから、今日はこれで勘弁してやろうか。以後、精進怠らぬようになっ!!!」
「わっかりましたあああああああっ!!!!」
吉備津彦は両拳を強く握りしめながら、深々と頭を垂れていた。
先程まで散々悪党面を浮かべていた天鈿女が、透かさず猫を被らせ、狭野尊に語りかけた。
「あ、神大和磐余彦様。お久しゅうございます。本日もご機嫌麗しく、祝着至極に存じ上げ奉りますっ!!」
「おっ!?ババアっ!!元気そうじゃねえかっ!!!それよりも、猿田彦はどうしてるんだ?お前、こんな所で油売ってる場合じゃねえだろっ!!」
「そんな事、どうだっていいでしょ!それより、ババアって何よ!あんたも十分、ジジイじゃないの!」
「そう怒らんでもよかろうもん。事実じゃろうが!」
「じ…、事実だけど…。事実…なんだけど…。てか、何よっ!!女の子に対してデリカシーなさすぎじゃないっ!!サイテーっ!!!」
金切声を上げる天鈿女をよそに狭野尊の眼は本気(マジ)だった…。
「女の子…?ふっ…。」
「あああああああっ!!アンタ、今笑ったわねっ!!!?」
「笑った…よ?嗚呼、笑ったさ…。」
狭野尊の表情に言葉ほどの笑顔はなかった。そして…。
「笑いましたが何か?」
この一連のやり取りを吉備津彦は青ざめた表情で眺めながら、ある種の驚愕さに苛められていた。
『アンタとか、サイテーとか。信じられぬ…。それよりも、この女を華麗に捌く大先生の御姿…。見事っ!!そして、快也っ!!!!』
そんな吉備津彦の面持ちなど露知らず、無頓着で田舎者。世間を知らぬこの唯一の若者が神懸かる空気も読まず、突如参入した。
「ところで…、どうやってこの地で船に乗る事ができるのじゃ?」
岳は何を臆する事のない表情で狭野尊に問いかけていた。
「ほう、若者よ…。この俺に戸惑う事なく言葉をかけるか?見どころがあるではないか…。」
狭野尊は一度言葉を止め、そして天を仰いだ。
「おお、兄達よっ!!我らを見護り下さいっ!!この国は今、こんなにも豊かなのですからっ!!!」
何故か狭野尊の頬は濡れていた。
どこかで聞いた事がある言葉だなと思いながらも、敢えてそれには触れず、岳は話を続けた。
「あの荒波を超える船はこの地に存在するのか?」
狭野尊は何故か誇らしく笑顔を浮かべた。
「否っ!!!!!」
「えっ!!!?」
無いという事なのか?ならば、この水門の意味は何なのであるのかという疑問が岳の心中に憑依した。
それを聞いていた吉備津彦は堪らずに疑問を横やりに投げかけた。
「いや、いやいやいやっ!!我々は船に乗る為にこの地へと訪れたのでありますぞっ!船に乗れなければ意味などないっ!そうでありましょうぞ、大先生っ!!」
「お前達は何故乗る事に拘っている…?」
その言葉の意味などこの二人はどう捉える事ができようか。狭野尊は誇らしげな表情を保たせながら語る。
「既成概念に捉われているお前達に、俺の旅を辿る事は絶対にできないっ!!」
はっきりと言いきる狭野尊の言葉に、師弟関係など気にしている場合でもないと思った吉備津彦はすぐ様反論に転じた。
「いや、大先生の伝説はよく聞かせて頂きました。今、正しく同じような状況下…。して、大先生はこのような戦況をどのように切り抜けたのでございましょうか…?」
地を這うような笑い声を上げたと思うと、眩しいほどの真っ直ぐな視線を狭野尊は吉備津彦へ向けた。
「乗るのではないっ!押すのだっ!船は自ら動かせるのだっ!!」
とんでもない事を言い出した狭野尊に対し、流石の吉備津彦も肯定する事はできなかった。
「いやいやー。船は乗る物だと思います。そのような方法など、大先生の他、誰が思いつくというのでしょうか…?」
狭野尊は不意に優しい笑顔を見せた。
「何を勘違いしておるのじゃ?これは五瀬兄の発案であるぞ?」
「えっ!?まじすか!!!」
吉備津彦の反応にどこか満足そうな表情を浮かべた。
「そうだっ!!それだけではないぞっ!!日向の地で誕生したこの四兄弟は、熱い四連星と恐れられた程のものであるぞっ!!」
「あ、そうでしたか…。それはそれは失礼いたしました…。して、この悪天候が続くのは如何なるものと大先生はお考えなのでしょうか?」
「お前達は、俺の辿った路をなぞると聞いた…。だからこそ、同じような状況下をこの俺が作り出したのだっ!!」
「えっ!?ちょっと待って下さいよっ!!という事は…?」
吉備津彦は本気で焦っている姿にからからと笑い声を上げながら優たる態度を示していた狭野尊。
「という事はとかも、そんな事どうでもいいっ!!神大和と愉快な仲間達の一員の姿を特と見よっ!!」
叫びながら、掌を向けたその先は海の沖に向けられていた。
吉備津彦と岳は、向けられたその先を神妙な面持ちで眺めてみると、沖付近で歌いながら踊り狂う五体の光の姿を垣間見た。
「この者達が、今や我が軍の看板国津神である大和荒士隊(やまとあらしたい)改め、嵐御輿隊(あらしおこしたい)であるっ!!」
狭野尊に紹介遊ばせている事を知ってか知らずか、五人の光の影から大きく手を振る姿が見えた。
「えっ…?あの者達は…?」
吉備津彦の問いかけに、無言に、満面の笑みを浮かべる狭野尊。
兎にも角にも、『嵐御輿隊』の行動は狭野尊自らが起こしている話という事で、この状態を治めるという事は…。
そう考えると、吉備津彦の額に冷や汗が流れ始めたが、思考は更に凝らしていた。
まずはこの一行の中で狭野尊に対等の口を利ける事ができる者など、どう考えてもこの御方しかいなかった。狭野尊の事を昔からよく知り、何とか応談に持ち込める可能性を秘めている…。
そう、言わずもがな。天鈿女である。
今こそ頼みの綱と、全身全霊の力を込めて天鈿女の方に視線を向けると、そこには驚愕する光景が目に飛び込んできた。
相変わらず高笑う狭野尊の姿に釘づけのまま、青春吐息を切なそうに漏らしている天鈿女の姿は全くもって話にならない状態の横で、若さ故なのか、今置かれている状況を全くもって理解できず、只、おろおろと右往左往している岳。
「おいっ!!!今、惚けている場合かっ!!!!」
吉備津彦がいくら叫んでもそれに何の反応も示さないこの女と童であった。
実はというと何だかんだと想定内であったが故、吉備津彦は更に言及を深める事もなく「ちっ…。」と軽く舌打ちを鳴らして目の前に視線を戻した。
荒れ狂う海原の向こう側で腹が立つほど楽しそうに踊り狂う五人組と、何事にも関与せずと言うように頭を垂れている守衛。そして、高笑う姿を止め、こちらの方へと熱い視線を向けていた狭野尊…。
「さあ、この状況をどう打破するのか?彦五十狭芹彦よ…。」
狭野尊の言葉が吉備津彦の耳に届いた刻、全身は随分汗に塗れていた。
もし、この目の前に展開する状況を打破するのなら、この国津神達、守衛。これを何とか乗り切れたとしても、吉備津彦と狭野尊の師弟関係を超えたまさかの一騎打ちとなる。
そもそも、この吉備津彦がそこまでやってのける事などできるのか…?
ここまで巻き起こる『嵐』を起こさせる国津神の実力は、この肌にひしひしと伝わってきている。狭野尊の従者であるこの謎の守衛もかなりの手練れである事など考えなくても分かる話である。
そして、我が師と知った今、どうしてこの刃を向ける事などできようか。
先程、踏込が甘いと指摘され、完全なる『秘剣 三本足』を見せつけられた訳で、どう考えても勝算などない。
しかしながら、天鈿女の命令も怠れないという事で、向かえば死、帰るも死という蛇の路は蛇の状況下の元に置かれているのであった。所謂、どうしようもない状況。
ならば、どうするべきか。どうしたらよいのか…。考えなくても分かる話である。
それは、本来味方である筈のこの一行からまさかの撤退を図らなくてはならなくなるのである。
こうなると、天鈿女に自分の意見を請わなくてはならなくなるのだが、話に応じる状態ではないこの女をどう対処すればいいのか。
そう思うが、どうしてもこれから先に起りうる事は、正しく皆無である。
意を決して、吉備津彦は天鈿女の肩に手を触れた。
「天鈿女様…。」
揺さぶる肩に何の反応も見せないこの女…。
「天鈿女様?いざ、気づかれよ…、」
やはり、瞳は煌びやかな光を浮かばせている。「いかんっ!このままでは…」と思ったその刻。
「吉備津彦、この状況をどうすれば打破できるのじゃ…?」
岳の穢れない視線と声が我が身に降り注いでいた。それには正に有り難く、忍びないと思う仕草で岳の方へ見た。
「我が意見ではどうしようもない状況に苛まれているっ!どうすればよいものぞとっ!!!」
正しく魂の叫びであった。
「して、そこの童よ…。この状況をどう切り抜ける?汝の考えを述べよ。」
どうやら吉備津彦では今の状況を打破する事はできないと感じたらしく、狭野尊の発した声は岳の方へ向いていた。
突然向けられた声に岳は暫くの間、躊躇した態度を見せていたのだが、瞳にはっきりとした光を浮かべ始め、そして高らかな叫び声を狭野尊へと向けた。
「民、岳津彦。神大和磐余彦尊様に申し上げ奉り候っ!!この戦況、如何なる場合を想定しても、打破する事はできませぬっ!故、船という手段を捨て、一度この地を去り、陸地の路を進ませながら我が一行の状態を整えたく思う次第に存じ上げますっ!!!」
「ば、馬鹿っ!!そんな事くらい儂だって考え…。」
「ほう…。童、岳津彦よ。という事はだな、この俺から撤退を図ると申しておるのか…?」
まるで吉備津彦の言葉をけん制するように狭野尊は眉を顰めた表情を浮かばせて言葉を割り込ませた。
普通の者なら誰でもそのように考えるのは当たり前の話であり、まさかこの状況から逃げるようにこの場を去るなど、気高き大和魂を持ち合わせているのなら、口が裂けても出るはずもなく、しかもこの狭野尊大先生が許すはずなどあり得ない。
吉備津彦は顔面蒼白の面持ちで狭野尊の表情を眺めた。
眼の部分は深い影を覆わせ、身体は細かく震えているようにも見える。相当な怒り具合なのだろうと吉備津彦は思い、背中に汗が伝う想いが心の臓を鷲掴んだ。
一応、岳の顧問のような立場の吉備津彦。この岳からの言葉は自分にとってかなりの痛手である事必死。
もしかして、もしかしたらば、もしかするのか…?やはりあの女の言う通り、左遷という話になってくるのか…?しかも狭野尊直接の言葉により…。
吉備津彦は思わず頭を抱えて蹲りそうなったその刻。
「童、岳津彦よ…。それぞ、正しく英断也っ!!!彦五十狭芹彦よっ!良い教育を施しておるではないかっ!!我、天晴じゃっ!!!!」
「…、へっ?」
その声に吉備津彦は再び視線を向けると、狭野尊の姿から日輪のような光が立ち込めていて、瞳は真っ赤に燃えていた。そして、そのまま岳の方へと足を進ませてきた。
「岳津彦よ、真、見事也。して、その身体に纏わせた雰囲気…。ニニギ爺からの施しを受けたと見受ける。流石は我が天孫の子だ…。よって、この短刀を汝に授けよう。霊剣とまではいかぬが、そこらの剣よりは役に立つであろう。さ、受け取れよ…。」
半ば強引と思えるよう、狭野尊は岳にその短剣を手渡すと、次には天鈿女の方へと視線を向けた。
「おいっ!ババアっ!!岳も彦五十狭芹彦も陸地歩くってよっ!!!歳なのに楽できなくて残念だったなっ!ざまぁみろってんだっ!!あーっはっはっはっはっ!!!」
先程とは打って変わって天真爛漫な声に、術に捕らわれていたと思われた態度は、まるで百年の恋も冷めるように一瞬にして解けた。
「また、ババアって言ったっ!!と言うよりも、何っ!?私が陸地歩くのが嫌だって思ってるのっ!?上等じゃないっ!!歩いてやるさ、歩いてやるともっ!!荒波に顔濡れるよりマシよっ!!!てか、ざまあみろって何なのよっ!!ふんっ!!」
天鈿女の檄とも取れる言葉など何のその。狭野尊は相変わらずからからと笑い声を上げながら、寧ろ何に捕らわれる事もなく、天鈿女へと人差し指を刺した。
「ああっ!そうすればいいっ!鈍った身体も少しは鍛わるかもなっ!!寧ろ、その顔、海水で洗った方がいいんじゃねえか?今の内、化けの皮剥いだ方が後々楽だと思うぜ?…おいっ!」
「はいっ!!!」
狭野尊の声に透かさず答えた『嵐御輿隊』は、動きを更に大きく躍らした。すると、沖の海が不穏に揺れたと思うと同時に、そこから大きな津波の壁が出現した。
「げっ!!!!!」
三方同時に言葉を吐きつけた。『嵐御輿隊』の踊りがその壁に憑依したかのように、激しいうねりを上げながらこちらへと物凄い勢いで迫り狂う。
「さあ、どうする…?どうするよっ!?ええっ!?」
何故か嬉しそうに叫び笑う狭野尊…。
『この神様…。私達に何の恨みがあるというのじゃ…?』
先程、狭野尊から短剣を受け取り、『流石は天孫の子』と評された岳であったが、今はまだ只の経験不足の男の子。そう思わざるを得ないのも仕方がなかった。
「アンタ達っ!!今すぐ旅立つわよっ!!さあ、荷物持ってっ!!早くっ!!!」
「あああ、天鈿女様っ!!急ぎましょうぞっ!!!」
この刻だけは、今までばらばらであった集団行動は見事な形を作り出した瞬間であった。荷物を小分けしてそれぞれに持ち、列を成して、同じ気持ちで、同じ歩幅でこの場を去っていく岳一行。
その背姿を確認すると、狭野尊は腕を上げた。
すると、この場へと迫っていた大津波の姿は一気に消滅し、それと同時に先程まで絶望的にまで荒れ狂っていた大海原は静かな海に返った。
風は薙ぎ、寄せては返すだけの静かな波の音。
「ふ…。旅は人の路を辿るのではなく、自分達で創り出してこそ成功するもの、そう甘いものではないのだ…。これから先、最早天孫社に平定された地ではあるものの、未開の地がある事も否めない。さあ、どう路を切り開いていくのか楽しみに見ているぞ。そして、お前の成長も…な。」
そそくさと立ち去る三方の背姿を眺めながら、狭野尊は一人ごちながら守衛から槍を又もや貰い受けると、『嵐御輿隊』の方へ視線を向けた。
既にその国津神五体は狭野尊の側に跪いており、その姿を確認すると狭野尊は満足気に声を上げた。
「育成というものは骨が折れるものじゃな…。よし、酒だっ!皆で暫し酒を酌み交わすぞっ!!!」
その言葉に隊長、王之が声を発した。
「神大和磐余彦様、私達にはこれからクライアントとの打ち合わせが…。」
「王之…。二度と同じ事は言わない…。」
これには、流石に笑う事しかできなかったらしい。
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