第3話

先生は生徒指導室へ足を運んだ。唯一普通教室にクーラーの存在する教室。

平坂先生は電気をつけ、扉がきっちりしまっているのを確認すると、教室の真ん中に向かい合わせに置いてあるイスに座る。

向かいには僕が座る。


平坂先生は何やらファイルからプリントをチラチラと見ながら話を始める。


「さっき、日比谷に他人の家庭事情だから関係ないって言ったところで悪いんだが」


先生はどうやら僕の家庭事情に口を出すらしい。僕はじっと先生を見つめながら次の言葉を待つ。


「お前の父親、養育費払ってないみたいだな」


そこから告げられた事は母さんが見て見ぬふりをしている事であった。

平坂先生は担任としても人としても見過ごせなかったのだろう。どこまで良い先生なのだとつくづく思う。


「そうですね」


僕には父さんに無理矢理養育費を払わせる力も働きに出る力もない。僕の通うこの学校もバイト禁止であり、見つかれば即退学。

高校にあがる際は、「働きに出る」と母さんを説得しようとしたものの母さんは笑顔で、「学生は青春を楽しむものよ」と高校へ背中を押してくれた。


「僕が不甲斐ないばかりに」


先生はそんな僕の表情を見て、頬を緩ませる。


「顔は親父に似てるのに、性格は真反対だな。伊賀原の親父とは小学生の頃からの知り合いでな、あの頃はよく遊んでいたよ」


先生は過去を懐かしむかのように目を細め、話を展開させる。


「あの頃から伊賀原はあんまり性格ってのが良くなくてな。高校にあがれば毎日のように女とっかえひっかえだ。挙げ句の果てには気の弱そうなサラリーマンの胸ぐら掴んでかつあげ、近くのコンビニに寄っては商品盗む。」


僕の父さんは相当な問題児だったようだ。

平坂先生はそのときの様子を呆れたように話している。


「そうだな。お前の母さんと付き合いはじめてかな。そのくらいからアイツは変わったと思っていたんだがな。」


ここからは僕も母さんから聞いてる。

父さんは母さんと付き合い始めてから、女遊びや盗みをやめたらしい。


「あれも一時的なものだったのかもな」


寂しそうに呟く平坂先生。


「ほんと、アイツ何してんだよ。親父の所在、分かるか?」


などと聞かれてもこちらが知ったこっちゃない。

そして、呼び出した内容は両親の事であるのだが...


「伊賀原、お前に来週の地区会議に参加してきてほしいんだよ」


地区会議...??

地区会議とは特定の地区の高校の代表生が行事毎に集まり、地区の活性化を目指して合同行事を計画する会議の事である。

今回は合同文化祭の件である。


「本来は生徒会長が参加すんだけど、偶々生徒会揃って不在でな」

「いや、僕じゃなくても2年生、3年生に頼めばいいじゃないですか!」


先生は困ったようにはにかむ。


「それがな。3年生は受験対策で忙しくって、2年生は過去最高の不良学年で先生たちが会議に送るのが心配なんだよ。」


お願いだよ分かってくれよとでも言うように目の前で手を合わせている平坂先生。

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