第2話

翌朝。


「あら!誠ちゃん、来てたのね!」

「お邪魔しています!」


僕の部屋から出る誠の姿を見て、微笑む母さん。そして、誠はそんな母さんに鼻の下を伸ばしている。


「母さん、おかえり」

「ただいま、今帰ってきたとこなの」


いかにも丁度今帰宅したんですよとでも言うようなよれた化粧に落ちかけている香水の匂い。そして、母さんのほんのり紅い頬。

お酒か…

ふらふらとして壁に手をつきながらリビングへ行こうとする母さん。


「母さん、お酒飲んだでしょ?」

「何?悪い??」

「いや、悪くはないけど…」


飲酒をしたかどうか聞いただけで母さんの声は低くなる。触れてはいけなかったのか。


「母さん、朝食食べる??僕、作るよ」

「母さんはいーわ。昨日、飲みすぎちゃって気持ち悪いし」


母さんはショルダーバッグをリビングに置いたまま、千鳥足で自室へ行ってしまった。


「お前の母さん、朝帰りか?」

「昨日、友達と飲んでたんだってよ」

「息子を家に置いて!?」

「まぁ、もう高校生だからな」

「だからって…」


誠は今日の僕の母さんを見て、驚いたようだ。誠は母さんが出て行った扉を見つめている。何を考えているのか?


「お前の母ちゃんやばいんじゃねぇの?」

「そんなことないよ。あぁ見えて寂しがりやなんだ」


僕は誠のために食パンをトーストしてやる。バターを机に出して、コップに水を注ぐ。パンが焼きあがると、白い皿に入れ、誠に出してやった。


「いただきます」


誠はまた嬉しそうに食べ始める。何がそんなに嬉しいのか僕には理解できない。

まぁ、誠はそういうやつだったなと自己完結してしまう。


「ごちそうさまでした」


朝食を取り終えると、僕たちは学校へ行く支度を始める。身だしなみを整え、制服を着用する。


「誠、ネクタイよれてるぞ」

「あ、まじ?俺、これ、苦手なんだよな」

「こうすんだよ」


僕は誠のネクタイを結びなおしてやる。誠はネクタイを結びなおす僕を見て、にやにやとしている。


「何笑ってんだよ」

「なんか夫婦みたいだなって」

「気持ち悪いこと言うな!」


僕はネクタイを結び終えるとスクールバッグを肩にかける。そして、誠と二人で玄関へ向かっていると


「辰也、もう行くの?」

「いつもこの時間に出ているよ、母さん」


母さんが部屋着で僕らをお見送りに出てきてくれた。


「辰也、今日は休まない??母さんと一緒に映画鑑賞しましょうよ」

「休めないよ」

「辰也、私より学校が大切なの!?」

「そんなことないよ」


母さんの声はだんだんと荒くなる。そんな母さんを見てられなかったのか、誠は先に行くと僕に囁いて出て行った。


「母さん、僕は母さんが大切だから学校へ行くんだよ」


母さんは不服そうな顔をしている。どっちが子供なんだか…


「映画鑑賞は僕が帰ってきたら付き合うよ。今日は早めに帰ってくるからね」


僕はどの部活にも所属していないため、母さんの願い通り早く帰宅することができる。まぁ実際、母さんに部活をしてはダメと言われたからなのだが。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


母さんは満足したのかにこにこ笑顔で手を振る。扉をあけ、外に出るとそこには誠がいた。


「誠、先に行ったんじゃなかったのか?」

「いや、それより…」


誠はにこにこ笑顔の僕の母さんをちらりと見て、僕の腕をひっぱった。

扉はばたんとゆっくりしまる。


「お前、母ちゃんに何言ったらあんな上機嫌になるんだよ」


慌てたように誠は僕に聞いてくる。別に特別な事したわけじゃないんだけどなぁ。


「帰ってから映画鑑賞しようっていっただけだけど…?」

「はぁ…辰也が危ない道を渡ろうとしてたのかと…」


誠の言っていることは僕にはわからないが、何か心配してくれているようだ。

大きくため息をつく、誠をおいて、僕は学校へ向かって歩き始める。

誠は慌てて、僕を追いかけてくる。


しばらく歩いていると、


「なぁ、辰也。誰かにつけられてる気しない?」

「皆学校へ向かっているんだからつけられてるもクソもないでしょ」


僕たちのいる道はほとんどが僕らの通う学校の生徒で埋め尽くされていた。

誠は何か視線でも感じていたのか?


「誠、お前、ストーカーされてるんじゃッ!!」

「怖いこと言うなよ!辰也!」


急に身震いをしだす誠を見てけらけらと笑う。


「俺じゃなくて、辰也のストーカーかもしれねぇだろ!」

「僕はそんなのに動じません!」


僕は久しぶりに見た誠の怯え顔で上機嫌になる。そんな僕の様子を恨めしそうに睨みつける誠。

昇降口につくと大半の生徒は教室へ向かったのか人の数は減っていた。

僕と誠は靴箱からスリッパを取り出そうとする。


コロン


靴箱を開いたとき、僕の靴箱から何か飛び出してきた。

ぐしゃぐしゃに丸められた白い紙。


「なんだよ、それ」


誠が気味悪そうに横から覗いてくる。僕はぐしゃぐしゃの紙を拾い、広げてみた。

紙には”好きです”の文字とこの文字を書いた張本人のであろう髪の毛の束がひっつけられていた。


「どこの時代の人だよ、髪の毛て…」


僕があきれ果てているのに対して、誠は


「そ、な…こ、こんなの怖ぇよ!どうすんだよ辰也!」


なぜか慌てている。どうするも何も、誰からの手紙なのかわからないのにどうしようもないじゃないか。

誰が書いたのかわからない限り、これは…


「保留かな」


なんて苦笑いして言うと


「笑い事じゃねぇよ!こんな手紙今すぐ捨てろ!」

「なんでさ、ラブレターだよ?」

「こんな気色悪ぃラブレターがあるか!!」


誠は僕の手からラブレターをひったくった。

そして、一番近くのごみ箱にぐしゃぐしゃにして投げ入れた。

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