第三十二話 オタクと人形ちゃんはウォータースライダーに乗る
「これ、楽しそう…」
そう言ってアリスさんが指さしたのは、浮き輪に乗ってすべるタイプのウォータースライダーだった。
時刻は十三時、たっぷり三時間ほど流れるプールではしゃいで、昼ご飯を食べて少し休憩した後、次は何で遊ぼうかとなり、プール内を見て回っていた時、アリスさんが真っ先に興味を示したのがコレだった。
そう言えば、昔来た時、身長が足りなくて乗れなかったなと思い出した。
「僕もやったことないし、やる?」
そういうと、うん!と言って、僕の手を引いて浮き輪を渡してくれる役員さんのところに向かった。
「二人乗りを貰えますか?」
そう言って、自然に二人乗りの浮き輪を貰うアリスさん。
え?二人乗り乗るの?
驚いた眼で彼女を見ると、いつも通りの表情で、でも、どこか、頬を若干赤くさせた。そうして、少し僕に近づいてきた。
「二人乗りの方が楽しい…よね…?」
上目遣いでのぞき込むようにし、そう言って、スタスタと並ぶスペースに歩いて行った。
その仕草があまりにも可愛すぎて僕は固まって、頬に熱を持たせた。
絶対やばい顔をしていると自覚できた僕は、真横のプールの水でバシャバシャと顔を洗い、気持ちを落ち着かせて彼女のあとを追った。
***
それから、並んでいる時間はお互いさっきのことを思い出し、赤面しているうちに一瞬で過ぎて行った。
次に滑る番になり、僕は少し緊張しながら浮き輪を渡すと、なぜか微笑ましいものを見るような目で見られた。
「それでは、彼氏さんが前に座っていただいて、彼女さんが後ろに座ってください」
と、役員さんに言われ、僕らは慌てて否定する。
「僕たちは付き合ってないですよ!」
「そ、そう、友人の関係…!」
「あらあらそうでしたか~」と余計微笑ましい表情をされ、「さ、後ろも詰まってるので早くしてくださいね~」と言って、浮き輪を滑り台の上に置き流れないように手で押さえた。
絶対勘違いしてるだろと二人でジト目を向けるが、ニコニコした表情で流された。
僕らはそろってため息をついて、役員さんの指示に従って乗り始めた。
「よいしょっと」
「よいしょ…」
僕らはそう言って乗る。
そして僕は気が付いてしまう。
彼女の細くて柔らかい太ももに挟まれる形になるということを。
僕は、違う意味で緊張してしまう。
なんせ柔らかい太ももが僕のお腹をはさんでいるのだ。超焦る。
しかも、前を向いていることしかできないので、アリスさんの表情が分からないのが非常に困る。いつもならお互い赤面してたりしてるからいいのだが、今は全く分からないため、この行為についてなんて思っているかが全く分からないのだ。
嫌がってなければいいなぁと願うことしかできないのが辛い。
そんなことを思っていると、「それでは行きますよ~」という声が横から聞こえ、浮き輪を思いっきり押された。
最初の坂を下ると、ギュンと加速してカーブに入った。
カーブは結構斜めになりながら進んでいったので、僕は転倒しないかと恐怖半分、楽しさも心の内にはあり、思わず声を出してしまった。
「お、おぉ…!」
「楽しい…!」
アリスさんも楽しんでいるようで、後ろから、純粋に楽しんでいる声が聞こえてきた。
グネグネカーブをそこそこな角度で抜けていき、三十秒ほどするとトンネルに入り坂が一気に急になった。
そして、出口が見える─
「うお!」
「キャッ!」
水面に向かって思いっきり浮き輪が衝突し、水しぶきを上げた。
それに驚いた僕らは思わず声を上げた。
そして、僕らはバランスを崩して、水中に二人そろってひっくり返り水中に沈んだ。
浮き輪はぷかぷかと流されて行き役員さんが浮き輪を回収してくれた。
僕らは泳いでプールで行き、プールから出ると、お互い顔を見合わせた。
そして、吹き出す。
「プッ…アハハハハ!」
「クッ…アハハハハ!」
お互い、思っていることは同じなのか爆笑してしまう。
「あー、楽しかったな」
「うん、楽しかった…!」
もう一回乗るかとなり、もう一度浮き輪を貰いに行く。
意外とペアを使用する人は少ないのか、ペアの浮き輪はすぐにもらえた為、僕らはもう一度並んだ。
そうして、流されて、転覆して、笑いあう。
こんなことを、狂ったかのように何回も何回も繰り返した。
「…何回乗った?」
「さぁ、十回目から数えてない」
繰り返し過ぎて、僕らは少しグロッキーになっていた。
食後で空いてたのをいいことに、僕らは何回も乗った。そして、二人して酔った。
今思うとなんであんなに狂ったように乗ったんだろうと甚だ疑問でしかない。
不思議な感覚が楽しかったのかどうかは知らないが、待ち時間が五分とかで何回も乗れてしまった為、こんなことになっていた。
内臓が上下する感覚は最初はよかったのだが十回を超えたあたりから若干気持ち悪くなりはじめ、そして、こんなことになったと。
なんで途中でやめなかったのかと過去の自分に問いただしたいところではあるが、そんなことはできないため、僕らは素直にこの気持ち悪さと格闘していた。
「あーキッツ」
そういうと、隣で寝転がっていた彼女がフッっと笑った。
「だね…でも、友達とだからこんなバカみたいなことできてるんだなって」
「あぁ、そうだな…」
予想外のことを言われたが、その言葉は心の奥に素直に響いて行って、心地いい感覚が胸の中に広がった。
この後、落ち着いた僕たちは、子供用スペースに行ってはしゃい周りから迷惑そうな目で見られたりなんやかんやあったが、楽しく一日を満喫することができたのだった。
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