第二十九話 オタクと人形ちゃんは帰路につく

結局メダルが尽きるころには時計の針は夕方の五時を回っていた。

僕らは、ちょうどいい時間だし、そろそろ帰ろうかとなって、ゲームセンターを出た。


ゲームセンターを出た時に、ふと、今朝の疑問が頭の中に浮かび上がってきたので聞いてみることにした。


「ねぇ、アリスさん」


「ん…?」


「なんで、あの時ゲームセンターにいたの?」


そう聞くと、アリスさんは俯いて何かを考え出した。

喋りにくい内容だったのかなと思い、言いにくい内容なら無理に言わなくてもいいよというと、彼女は首を振って否定の意図を示した。


「ううん、大丈夫だよ。少しどう話そうか話をまとめていただけ」


そう言って、一呼吸おいたアリスさんは話し始める。


「私が今年から共学の学校に通うことになって、友達が居なかった事は知ってるでしょ?」


「うん」


と、少し顔色を伺ううような顔をして、僕のことを見て問いかけてくる。

そうして、何かを決心したような表情で口を開いた。


「あのね、私、昔、友達を作ることを禁止されてたんだ」


「え…?」


そこから紡がれた言葉は、僕の予想を上回るものだった。

だけれど、彼女はその反応は予想してたのか、いつもの表情に戻して淡々と言葉を漏らしていった。


「私には母親が居なくて、幼いころはお父さんと生活していたんだ。でも、お父さんは若くして社長になっちゃったから、あまり家に帰ってこなかったんだ。だから、家政婦さんを雇ったの。でもその家政婦さんは野心が結構多い人でね、私を使って会社で特別な地位に立とうとしたの」


そう言って、辛そうな表情をする。


「私が家政婦さんの言うことを聞かなかったら、大声で怒鳴られたり、殴られたりした。テストでいい点数が取れなかったら『無能』と罵倒され、罵られた。言うことの中に友達を作らないというのがあってね、私より地位が高い友人じゃないと認めないといったの。だから私は…普通の友人がいる環境を求めた。クラスの人が友達を作り仲良く喋っている姿が眩しくて仕方なかった」


僕は、言葉が出なかった。

幼いころ、そんなことをされ続けるのは、どれだけの苦しみがあったのだろうと。


「まぁ、その事がバレて、解約になったのが去年の十二月。そのころには私は束縛と色々で心が疲れ切っていた…それでね、新しいところで、心機一転してみたいなって思ったの。だから、私は今の学校に来た。それでね、仲のいい子たちを見ていると、昔憧れた、友人というものを思い出して、今なら作れるんじゃないかと思った」


「でも、作れなかった…。私は話についていくことができなかった。それもそうだよね、私はここの人たちとは全く違う生活をしてたんだから…だから、私も何か同じことを経験したり知ったりすれば、仲良くできるんじゃないかなって思って来たのが、このゲームセンターだった」


そうして、拓斗くんと出会ったの。

そう言って、彼女はうれしそうな顔をした。

僕は、そんな彼女と僕の関係を思い返して、思わず笑みがこぼれてしまう。

そんな僕を見て、彼女は疑問の表情を浮かべた。


「…?どうしたの?」


「あぁ、面白いなって、少し思ったんだよ」


「面白い…?」


余計に疑問が増えたと頭の上にハテナマークを浮かべるアリスさん。

この状況で面白いという単語を使って、普通なら「私の境遇が面白いって言うの!?」とか、考えそうだが、そんなことなく、疑問を向けてくるあたり物凄く信頼されてるんだなって言うのが分かる。


「いや、僕らは、あのタイミングで出会わなかったらこんな関係になってなかったなって思って」


「…?」


「ちょうどお互いの心が開いたタイミングで出会ったからこそ友達になれたんだなって、だって、普通なら異性だし、生まれも、何もかもが違う。そんな僕らが友達になれるのって、面白くないか…?」


「…確かに。あの時、ゲームセンターで出会わなかったら、お互い名前と顔を少し知っている程度で終わってたよね」


そう言って、うんうんと首を縦に振るアリスさん。


「だから、僕は運がよかったなって」


「私も、運がよかった」


そう言って、僕らは笑いあう。

ここまで、仲良くなれて、それでいて、可愛い友人ができるなんて、ほんとに僕は運がよかったと思う。

お互いの狂った歯車がぴったりと合うかの如く─。という、どこかの漫画のフレーズが頭の中に浮かんだが、今の状況を表すにはぴったりの表現だと思った。

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