第二十一話 オタクとミイ ※残酷な描写が含まれます
僕は、昔から本が好きで、人付き合いが苦手だった。
保育園の頃は本ばかり読んでいて、人とかかわるようなことは避けてきた。
コミュニケーションは両親とだけ取ればいいと思っていた。
そんな僕が物心ついて少し経った頃、両親は仕事が忙しくなり家にあまり帰ってこなくなった。
最初の方は時間があれば帰宅してきてくれていたのだが、次第に職場で寝泊まりするようになったりするようになって、両親が全く帰ってこなくなった。それから約三年の月日が流れて僕は小学校四年生になった。
僕は、ずっと一人だった。
両親はほとんど家に帰ってこなくて、学校では本ばかり読んでいたら、気が付いたころには、僕は孤立していた。
世界は良くも悪くも楽しげな声であふれかえっていた。
外に出れば、家族の笑い声。学校では楽し気に喋る同じクラスの子たち。
そのどれもが僕には眩しく感じ、せめて、学校の友人だけでも手に入れようとしたけれど、無理だった。
友人関係でも、家族が必要だったからだ。
僕のような子供には経済力というものがない。
当時はやっていたゲームは親に買ってという機会もなく、おねだりの仕方もわからず、僕は同年代の話のネタについていくことができなかった。
というか、僕は一度も両親におねだりというものをしたことがなかった。それが迷惑になるのは、昔から理解していたし、僕の好きな本は図書館に行けばほぼ無尽蔵に存在し無料で読めた為、おねだりする機会もなかった。
そうして、子供らしい行為をすることができなかった、やり方が分からなかった僕の心は少しずつ冷えて行った。
風が心地いい春のある日、図書館の帰りに珍しく公園に寄ってみた。
この公園は、自宅方から歩いて十数分の距離にあるそこまで大きいとはいえない公園だ。
遊具はブランコと滑り台のみで、他の物は木のベンチが一つあるだけだ。
僕は木のベンチに座り、本を読み始めた。
風が気持ちよく、小さな公園の木々が風で揺れる音が耳に入ってくるが、その風や音が心地よく、僕はこの公園のベンチで本を読むのが気に入ってしまった。
こうして僕は、晴れている日があれば学校帰りに毎日寄って一時間ほどそのベンチで読書をするのが日課になっていった。
それから、一か月の月日が流れ、五月のはじめ。
僕は、いつも通り放課後にその公園のベンチで本を読んでいたら、膝の上に黒い物体が乗ってきた。
何かと思い、本から視線を外しその物体を見てみる。
その黒い物体は、小さな黒猫だった。
僕は生まれて何か月というのは分からないが、見たことのある猫より一回り小さく、顔も丸々としていたため、なんとなく子猫なんだろうなということは分かった。
「…僕はエサは持ってないぞ」
「みやぁ…?」
人間の言葉なんてわかるはずもなく、首をかしげる子猫。
僕は読書の邪魔になると思い、ため息をついて、子猫を膝の上から降ろした。
その行動で構ってくれると思ったのか、もう一度膝に乗ってきた。
僕はその行動にため息をついて、もう一度膝の上から降ろした。それでも乗ってくる黒猫。僕は何回かその行為を繰り返し。これ以上やっても無意味だと思い、僕は子猫を無視して本を読み始めた。
結局僕の帰る時間になるまで黒猫は僕の膝の上から降りなかった。
次の日。公園のベンチで本を読んでいるとその黒猫はまた、現れた。
次の日も次の日も、その次の日も。僕がベンチに座ると木の影から出てきた。
そして、毎日僕の膝の上に座り僕のことを見てきた。
そんな姿をみて、僕は言葉を理解しない相手に問いかける。
「…もしかして、お前も独りぼっちなのか?」
「みゃ?」
結局、僕が問いかけても首をかしげるだけだったのだが、その日を境に僕の膝の上で黒猫は寝るようになった。
ある日、首をガリガリと掻いていたので、かゆいのかと思い、その首に手を伸ばして少し爪で掻いてみた。すると気持ちよさそうに目を細めて、寝始めた。
その姿を見た僕の手は、本ではなく黒猫の背中に伸びて軽くなでていた。
こうして、僕は少しずつ黒猫に心を許していった。
久しぶりに感じた生き物の暖かさや、僕になついてくれているその姿が僕の冷え切った心を溶かしていった。
いつしか、その黒猫を「ミイ」と呼ぶようになった。
ミイは撫でられるのと、手をなめるのが好きらしく、よくこの行為を体を擦り付けてねだってきたり、本を読んでいる最中に手をよくペロペロと舐めるようになった。
六月中旬、梅雨に入り雨の日が増えた頃、ミイを冷えさせないために、家で飼えないかと思った。
僕はマンションに住んでいた為、ペットを飼えないのは知っていたが、初めて、両親にメールでペットを飼いたいとお願いをした。
結果はダメだったが。
でも、僕にとって一番大切な存在だったミイが雨に濡れる姿が耐え切れず、ダンボールを何枚も重ねて、箱を作り雨宿りできるスペースを作ったりして雨風をしのいでもらった。
そして、梅雨が明けた頃、両親の仕事が落ち着いたらしく、夕方六時には両親がいる生活が始まった。
これで、ミイと一緒に暮らせたら僕は幸せなんだろうと思い、僕はいつかミイを両親に紹介しようと思った。そして、一緒に暮らせる。もしくは、ミイが梅雨の時の様に辛い思いをしないようにしてもらおうと思った。
だけれど、それは想像の中だけで終わってしまった。
学校帰り。いつも通り公園に寄ると複数の大きな影が見えた。
珍しく人がいるらしい。
まぁ、僕には関係ないことと思い公園の中に入っていった。
三人くらいの大人が何かをやっているらしく、騒いでいた。
今日は本読むの集中できないだろうな…。そう思い今日はミイと思いっきり遊ぶかと今日の予定を決めていたら、大人の会話が聞こえてきた。
「あーあ、もう動かなくなっちまったよ」
「ほんとだねー。まぁ、耐えたほうなんじゃない?子供の割にはだけど」
「ほんとほんと」
そう言って、ゲラゲラと笑う大人たち。
僕は、何が動かなくなったんだろうと気になり、少し近寄ってみた。
大人たちは喋るのに夢中で、僕が近づいてることには気が付かなかった。
近寄れば近寄るほど、錆びた鉄のような臭いと少し焦げた臭いがする。臭いがきつくなって限界というところで僕は目を細めて何をやっているのか確認した。
そこで見た光景は、理解ができなかった。
小さな黒い物体が赤いアカイ液体を流し、ところどころに白い棘のような物が出ていた。
ピクリとその一部が動いた。
黒い光沢をもつ球体と白い球体が見えて、「みぁ……」と、力なく、どこかで聞いた声がその物体から発せられた。
僕はその声で、理解してしまった。
その、赤黒くなった物体は変わり果てた姿のミイだった。
僕がその事実に固まっていると、大人の一人が足を上げて蹴り飛ばそうとする。
僕は、自然と体が動いてミイをその蹴りから守るように抱きしめた。
横から伝わる衝撃。自分の骨が折れる歪な音が体から鳴った。
不格好な恰好で蹴りを受けた為、二メートルほど蹴り飛ばされる。
僕は痛みなんて気にすることなく、ただ、「ミイ!ミイ!」と腕の中にいる大切な存在の名前を叫ぶことしかできなかった。
気が付いたら、日は沈み、月明かりが僕を照らしていた。
大人たちはいつの間にかいなくなっていて、いつものように僕とミイだけしかいなかった。
涙も枯れ果て、少し落ち着いたころ。ミイは僕の手をいつものように力なくペロリと舐めた。そして、僕の腕の中で息を引き取った。
僕は、守らなきゃと思った。
もう、生きていないのだけれど、すべてから、守らないと。
その時、僕はすべての人間が敵に思えてしまった。
もし、一緒に住むことを認めていたら、もし、彼らが生まれてこなかったら、もし、僕にもっと力があったら─。
そうして、守れなかった僕は大切な存在の亡骸を抱きかかえてその公園から去っていった。
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