第十八話 人形ちゃんはオタクを抱き枕にする

私が御手洗から戻ってくると、拓斗くんはベッドの上に仰向けで寝転がり静かに寝息をたてていた。


「…よく寝てる」


頬をつんつんとつついても、特に反応することなく熟睡している。

いつもは、どこか大人びているのにもかかわらず、寝ているときの姿は年相応の少年…いや、それよりも少し幼い感じで、どこか可愛く感じた。


「かわいい」


私は自然と手を伸ばし彼の頭をなで始めた。

初めて触る彼の髪の毛は、少しチクチクとしていて、でも、触り心地がよかった。


私は、彼の匂いや体温、声が好きだった。私の五感が、彼がそこにいることを証明してくれるから。

そんなことを思いながらひとしきり撫でた後、ふと、ベッドの奥のスペースが目に留まった。いや、留まってしまった。


彼は中央より手前側で寝ているため、その奥には少しスペースがあったのだ。

そうはいっても、一人用のベッドのため、そのスペースはあまり広いと言えるものではなく、もし、そこに私が寝るとすれば、密着しないと寝ることができないであろう、そんな感じだった。


私は、彼に勧められて漫画をよく読むようになった。

その漫画では、男女の友人関係の話も多くあり、その中でベッドに一緒に寝るシーンがあった。

私は、そのシーンを見て、彼に抱き着いてベッドで寝ることができたら、どれだけ幸せだろうかと思ったことは何度もある。もし、彼に抱き着いて思いっきり匂いを嗅いだらどれだけ私が満たされるんだろうと。

エアコンの効いたこの部屋は最初こそは涼しいと感じたものだけれど、静かにしていると少しずつ肌寒く感じてきた。


「…ゴクッ」


今、私の行動を止めることができる人はいない。

この行動をして嫌われたらと思う気持ちもあるが、私の中では彼に抱き着いた時の体温や匂いが思いだされてきて、ネガティブな気持ちが消えて行った。


私がやろうとしている行為は、訴えられてもしょうがない行為だ。

それでも、私の体はゆっくりと動いて行ってしまった。自分では自分の体の動きを止めることができなかった。


「あったかい…」


彼の横に寝転がると彼の匂いがベッドから香ってきて私は彼に包まれているような感覚になった、これだけで私は満足すればよかったのだが、もう、歯止めは効かなかった。


「狭いから…抱き着いてもいいよね…?」


そんなことを小さく呟きつつ、彼に抱き着く。

彼が返事をしないので、「無言は肯定ととらえる」と、最近読んだ漫画のセリフを心の中で言って、自分の中で免罪符を作る。


彼の体温は、この肌寒い部屋では、心地いい暖かさだった。次に、彼の体に顔を押し付け匂いを嗅いでみる。


「…いい匂い」


ベッドの包み込むような匂いとは違い、こちらははっきりと存在を証明するように、しっかりとした匂いがした。

その匂いが、鼻の中を充満する。


「…すき」


そう、自然と言葉が出た。

彼の顔を見上げると相変わらず、静かに目を閉じて寝ているだけだった。

これが、彼が起きているときに言えたらどれだけいいのだろう。

彼は、受け入れてくれるのかな。拒絶するのかな。それとも、変わらない関係を望むのかな。私は、その彼の選択を受け入れることができるのかな。

そんなことを思うと、不安がどんどん心の底から湧き上がってきた。

彼が、もし、他の誰かのことを好きになって、その人と交際関係になったら、私は、どうなるだろうか。

私はその事実を受け止めることができるのだろうか。

彼は私のものではない。恋人のように、相手を束縛できる関係ではない。家族のように、何か特別な関係でつながっているわけでもない。


彼に抱き着いて匂いをかくと、落ち着く半面、彼を独占したいという気持ちもどんどん強くなっていく。

…ほんとどうすればいいんだろう。


こんな重たい女だったんだなと、私は思った。


彼を独占するには、まだまだ知らないことが多すぎた。

私は、彼の好きな食べ物を知らない、過去に何があったかも知らない。

そんな関係で、彼に好きと伝えても、いい反応が返ってこないのは明白だった。


知りたい。彼のことを。


そんなことを思っているうちに、少しずつ眠気が襲ってきた。

起きた時に彼が居たら幸せだな。


「ミイ…」


そんなことを思い、目を閉じた矢先に、彼の口から名前らしき言葉が漏れた。

その言葉は、小さなつぶやきでしかなかったのだが、二人しかいない静かなこの部屋では、しっかりと私の耳に届いた。


驚いて、彼の顔を見上げると、彼は辛そうな顔で頬を涙で濡らしながら、「ミイ…ミイ…」と、寝言を言っていた。


ミイ…私は初めて聞く名前だった。

彼は私を始めての友達と言っていたので、友達ではないのは確かだが、彼をここまで縛っているから、彼にとって大切な存在なんだろう。


私は少し起き上がり、少し位置を移動した。

そして、私は、彼の耳が私の心臓付近に来るように抱きかかえた。


「小さい胸でごめんね…でも、心臓の音はよく聞こえるでしょ?」


そう言って、頭をなでる。

どこかで聞いたことがある話なのだが、人間は心臓の音を聞くと、落ち着くらしい。

私は、彼の辛そうに涙を流している姿なんて見たくなかった。

だから、どうにかしようと思った結果、こうするしか私は知識がなかったので、実行してしまった。


私の胸は小さい。

身長的には平均値…より少し小さいと思う。

彼が好きと言っているキャラは胸が大きい子もいる為、私は、彼は胸が大きいほうが好きなのかと思っている。あと、ライトノベルに男はみんな大きな胸が好きだと書いてあった。

だから、私は彼に胸を押し付けるようなことはしてこなかった。でも、今、私は胸を押し付けているような状況だ。

彼の、一番感覚の多い部分に。


私は、こんな状況になるなら、もっと大きな胸の女性になりたかったな。


そんなことを思った。

気が付けば彼は、穏やかな顔になり涙も止まっていた。


私はその表情をみて、ホッと安心した。

私の行動は間違ってなかったんだ。

すると、安心したからなのか先程襲ってきた眠気がもう一度襲ってきた。

色々考えて少し疲れたや、もうこのまま寝てしまってもいいよね?

そう思い、彼の顔を見る。


「おやすみ、拓斗くん、………すきだよ」


そう言って、私は暗闇に意識を落としていった。


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