第八話 オタクは人形ちゃんの寝顔を見る

「………どうしよう」


僕の膝の上には小さな顔が乗っていた。そう、柊さんである。

今の状態は、いわゆる膝枕というやつだ。


なぜ僕が柊さんを膝枕しているのかというと、今日、柊さんはすごく眠そうな感じで登校してきた。それで、休憩時間とかには眠そうによく目をこすっていて、先生に保健室に行くかと、毎時間問われていたが、毎回大丈夫と答えていた。

そんな感じで迎えた昼休み、とぼとぼふらふらと歩きながら、弁当を持っていつもの教室に移動。いつも通り、一緒にソファーに座ったが「お昼……」と言って、そのまま僕の膝に倒れてきた。以上がこれまでの説明だ。どうしてこうなった。


「……すぅ」


柊さんは、気持ちよさそうに僕の膝に顔を埋めて、すりすりしている。はっきり言おう。理性がキツイ。

太ももにかかる暖かい息もそうだし、クッソ柔らかい頬の感触もそうだ。僕の理性を削りに来ている。いくらズボンを穿いているからと言って、そのズボンも夏物のためそこそこ薄いから、ほぼダイレクトに感触が伝わってくる。


柊さんは、はっきり言って十人中十人がかわいいと反応するほどの美少女だ。

少し小さく幼い顔に、小さな鼻と口。肩下まで伸ばした栗色の美しい髪の毛。そのすべてがパズルのピースが合ったかのように綺麗に組み合わさってできている美少女だ。


そんな美少女を陰キャの自分が不可抗力とはいえ膝枕をしているのだ。すごく犯罪臭がする。


「…はぁ」


時計を見ると、昼休みが半分ほど終わっていた。それだけの時間がたっても規則正しい寝息で幸せそうに寝ている彼女を起こそうとは思えず、思わずため息が出た。


こいつといるとよくため息を漏らす。


接点ができてから約一週間とちょっと。

今までの印象をまとめるとこんな感じだ。


僕の膝のうえで寝息を立てている少女は、どこか抜けていて、思ったより感情豊かですぐに顔に出る、クラスでの人形のようで完璧超人という印象より幼い少女というのが最近の印象だ。でも、そんな感情を殺すかのように無表情で過ごしている。何かを恐れるように。


多分、過去に何かあったのだろう。僕がこうであるように。彼女がそうなった理由がきちんとあるのだろう。


そんなことを思って柊さんの顔を眺めていると、すこし悲しそうな辛そうなそんな顔をしたので、そっと、その柔らかい頬を手で触れ、撫でてみる。

すると柊さんの表情は悲しそうな辛そうな顔から、少しくすぐったそうにして、頬を緩め嬉しそうな顔になった。

これがいい行為なのかは分からない。というか、知られたら訴えられてもいいレベルの行動をしてると思う。それでも、柊さんの頬は、少し高い体温と恐ろしく柔らかい頬が癖になりそうなくらいの気持ちよさを誇っていて、少ししたらやめようと思っていたのだけれど、気が付いたらその手を彼女の頬から自分の意志では退けることのできなくなるくらいその感覚にハマっていた。


「ったく、幸せそうな顔しやがって」


無表情からは想像できないほど幸せそうな顔で眠っている彼女を見てると、僕もなぜ変わらないけど微笑ましい気持ちになっていく。

そう、今追加された湿った感覚も─ん?


ふと、ズボンに湿った感覚が追加されたことを疑問に思い少し覗き込んでみる。


「……ヨダレ…か…」


小さな口から透明な液体が重力に沿って流れて僕の膝を濡らしていた。


こういう所も子供っぽいよな。そう思い少し苦笑いをして、撫でていた手を退けてポケットの中からハンカチを取りだし、丁寧にヨダレを拭き取った。


そんなことをしていると、キーンコーンカーンコーンと昼休みが終わる十分前を告げるチャイムが鳴った。

その音が寝ている耳に届いたのか、柊さんはうっすらと目を開けた。


「……ん…ここは?」

「柊さん、もう昼休み終わるよ、ほら、起きて」

「…え?」


声の聞こえる位置がおかしいと思ったのかゴロンと僕の膝の上で仰向けになった。

そして、自分のやっている行為を少しずつ理解していったのか、顔が首あたりから真っ赤に染まっていく。

そして、ガバッと起き上がり、僕の方を若干涙目になりながら見てきた。


「……いつから、膝枕してた?」

「柊さんが僕の膝の上に倒れてからずっとかな?」

「………何分くらい?」

「三十分弱」

「……おぉう」


そういって、頭を抱えた。

最近僕の前での痴態が多い気がする。クラスでの完全超人はどこ行った。理性が削られるんでしっかりしてください。


「…迷惑じゃなかった?」

「ぜんぜん大丈夫だったけど」

「…そう…ヨダレとかたらさなかった?」

「…………おう」

「まって、その間は何?あと、そのハンカチは…?」


チラッとハンカチに視線を送ってから否定したため少し間ができてしまった。


「いや、うん、ヨダレ垂れてました」

「…………(パタッ」


素直に告白すると、柊さんは顔を真っ青にしてパタっと倒れた。


「僕は特に気にしてないから、ほら、早く戻らないと時間がそろそろやばいよ」

「…うん」


時間がほんとにやばくなってきたので、少し急ぐようにいうと、のっそりと立ち上がり弁当を片付けて、僕たちは教室に戻っていった。


そのあと、僕が弁当食べれてないことに気が付いた柊さんがラインで僕に謝り倒したのは別の話。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る