第三話 オタクと人形ちゃんは音ゲーで遊ぶらしい
気を取り直してやってきたのは、音ゲーコーナー。
そこで僕たちはダンスを踊っていた。
最初は、太鼓のゲームに行こうとしたのだが、その途中にあるダンスのゲームで踊っている人が、柊さんの目に留まった。いや、留まってしまった。
「あれ、やりたい」
そう言って、柊さんは恐ろしく柔らかくて可愛らしい小さい手で僕の腕を掴み、僕がその行動にびっくりしている間にダンスゲームの順番を待つ椅子まで僕を引っ張っていた。驚いている僕は当然抵抗することができなくて、仕方なく椅子に座った。
そうして、順番が回ってきて今に至ると。
僕はこのゲームで何度か遊んだことがあり、初心者には手を抜いてでも勝てるであろうという、予想があった。まぁ、それは予想でしかなかったのだが。
このゲームは1回で3曲の譜面をプレイすることができるのだが、柊さんは運動神経もいいらしく、最初にプレイ一番簡単な曲をやると次からは高難易度の曲をやりだした。それでも、コンボはつながるし、タイミングも全部ばっちりという頭おかしい運動神経を見せた。それを見た僕は手を抜いたら負けると思い、さすがに初心者に負けるのは嫌なので全力でプレイし始めた。それで─
「つ、疲れた…」
「ん…いい汗…かいた…」
汗だくになって初心者に苦勝するオタクな経験者と初心者とは思えない成績を出した汗だく美少女という、なんとも言えない絵ずらがそこにはあった。
「でも、負けた…悔しい…次は勝つ…」
「流石に、経験者だからな…負けないって…」
そういうと、僕たちはお互いの顔を見てプッっと笑った。
思ったより、面白いなこの子。
「負けず嫌いすぎるでしょ、柊さん」
「そう…かな?西宮さんよりはマシだと思う」
「なんでだよ」
「初心者に勝ちを譲らずに全力出すところとか」
「それを言い出すなら、次は勝つっての方が僕は負けず嫌いだと思うな」
「いやいや……」
そんな雑談をしながら、僕たちはいろんなゲームをプレイして回った。
………
「あああああぁぁぁぁ、ランダムにしたら譜面が割れた!」
「割れたってどういう意味?」
「ランダム譜面には簡単な譜面と難しい譜面があって、難しい譜面になったってことを割れるっていうの!」
「なるほど」
「あ、ゲージなくなった」
「私はふるこん」
「イントネーションが子供っぽいし一番簡単な難易度だろうが…と言いたいけど初めてでこのスコアはすげぇよ、普通にすごい」
「……(どや)」
「どや顔が凄く子供っぽいな」
「…(イラッ)」
「ちょ、背中叩くな!意外と痛い!」
………
「…BPMって何?」
「曲の速度のことだよ、一分間に何拍できるかの値」
「…なら、このBPM66~999の曲やりたい」
「君ドMなの?」
「そんなわけないじゃないか、そんなことより、西宮さん画面見たほうがいいですよ」
「え?あ、ちょ、僕のほう一番難しいやつのまんまじゃん!」
「…ふふん、Sですよ私は」
………
そんなこんなで、僕たちはひと段落ついて自販機でジュースを買い近場のベンチで休憩していた。時計を見ると、16時を指していた。
朝10時から遊び始めて、6時間近くも一緒に遊んでいた。
それまで、一度も時計を確認しなかったことに僕は驚いた。
そして、最初は苦手だった、柊さんは意外といい人だということが分かり、たった一日にも満たない時間で、印象がいろいろ変わるんだなと思い苦笑いをした。
最初は、僕とは違う世界に生きる人で、裏がありそうな美少女。今では、色んなことを心から楽しめて、こう、裏表が少ない子供っぽい美少女という印象になっていた。
苦手という印象から好意的という印象に変わっていた。
「…今日は、ありがとうございました」
そんな感想を抱いていてボケっとしていたら、柊さんが相変わらず感情の起伏の少ない声で、そんなことを言ってきた。
「僕は楽しめたからいいさ」
「それは、よかったです。私は、多分生まれて初めてここまではしゃぎました、私も凄く、楽しかったです」
そうして、気まずいような、こそばゆいような空気が二人の間に流れる。
僕は、こんな空気は初めてで、ただ黙って耐えることしかできなかった。
「…あの」
「ん?」
今日は、変な空気になってお互いよく黙るな。
そんなことを思ってたら、柊さんがぼそぼそと喋り始めた。
「…今日だけ…って話だったけど…今度も…もし…もしよかったら案内してくれないですか?」
「あぁ、いいよ…今日じゃまだできてないゲームとかもたくさんあるし。また今度あそぼっか」
…断る理由なんてなかった。
半日に満たない時間一緒にいただけで、最初にあった苦手意識は完全にどこかに行ってしまっていて、むしろ、一緒に遊んでて楽しいと思うまでになっていた。
柊さんは、まさか了承を得られると思ってなかったのか、目を見開いた。
その光景を見ていると、「そうだっ」と言って、スマホを取り出して操作し始めた。その動きは次第に遅くなっていき、どんどん顔も真っ赤になっていった。
何をやってるんだろうと気になったが、接点を持ったばかりなのに中身聞くのは失礼だと思い、じっと待った。
操作が終わったのか、一度、ふぅーと大きく息を吐いて、何かを決心したようなキッとした目で僕を見てスマホを突き出した。
何事かと思い、突き出された画面を見ると、ラインのQRコードが写っていた。
「ライン…?」
「う、うん…あったほうが連絡取りやすいかなって…」
そういって、顔をさらに赤くした。
僕は、多分明日死ぬんだろう。
仲いい子(女性限定)しか持っていないと言われている、柊さんのライン。その登録画面が僕の目の前に突き出されているのだから。
もし登録してクラス内でばれたら、男子からの嫉妬とか凄そうだな、多分いじめに発展する。
そんな展開が頭の中をよぎり、少しボケっとしていたら。
柊さんは目尻に涙を浮かべ始めた。
「そう…ですよね…今日初めて接点を持ったのですから…連絡先なんて…まだ無理ですよね…すみません…」
「そ、そんなことはない!よかったら交換しよう?女の子の連絡先を貰うなんて人生でなかったことだから驚いてたんだよ」
「そうなんですか…」
柊さんは目尻に溜まった涙をぬぐって、ほっと胸をなでおろした。
さっさと登録したほうがいいな。そう思い、僕もスマホを取り出し、連絡先を登録した。
ピロンという音が鳴り、僕の連絡先に『ひいらぎありす』という、可愛らしい花のアイコンのアカウントが追加された。
向こうも、きちんと登録されたらしく、スマホ画面をまじまじと見ていた。少ししたら、恐る恐るスマホを操作して、最後に突き指するんじゃないかって速度で、スマホの画面を人差し指で押した。すると、ピロンっとスマホが鳴り、可愛らしいうさぎがお辞儀しているスタンプが送られてきた。
僕がスタンプを送り返すと、ぱぁっと周りに花のエフェクトが見えるくらいの笑顔を見せた。
今まで、ほぼ無表情で顔を赤くしたり笑っても少し吹き出したりする程度でほとんど表情の変化が無かったため、その笑顔の破壊力はエゲツなかった。
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