宝生探偵事務所/初詣
亀野 あゆみ
初詣
世津奈は相棒コータローの養女カエデの手を引き、神社の鳥居をくぐる。
「おばちゃん、この神社、人が少なくて寂しいよ。あっ、屋台がない。カエデ、屋台の焼きソバが楽しみで来たんだよ」
カエデが不服そうな声を出す。
「カエデちゃん、ここは『宝生探偵事務所』の氏神様なの」
「氏神様って、なぁに?」
「いつもお父さんとおばちゃんのそばにいて、守ってくれる神様。屋台が出てるような神社は、お参りに来る人が多すぎて、一人ひとりを助けてくれないのよ」
「そうなの? だったら、ここがいい。カエデ、神様にカエデのお願いごとを、ちゃんと聞いてもらいたいもん」
世津奈の斜め後ろに控えていたコータローが世津奈に質問する。
「お願い⼀件について、お賽銭をいくら払うんすか︖」
「お願いの難易度によるんじゃない︖ コー君は、もう、家族で初詣したんでしょ。何をお願いして、いくら払ったの︖」
「怜⼦が全部やってくれたんで、ボクは……」
玲子というのはコータローの6歳年上の妻で、フリーのジャーナリストをしている。基本は男性的なサバサバした気性だが、時にネットリ嫉妬深くなり押しも強いので、コータローは完全に尻に敷かれている。
今日は1月3日。正月早々、玲子が取材旅行に出てしまい、コータローはカエデを連れて世津奈の事務所兼住居に遊びに来た。初詣がまだだった世津奈は、コータロー⽗⼦を連れて事務所近くの⽒神様を訪れた次第。
カエデが、世津奈のジーンズをつまんで引っ張った。
「おばちゃん、カエデは、パパ、ママと初詣した時、おばちゃんにお客さんがいっぱい来ますようにって、お願いしたよ」
カエデが世津奈を⾒上げて、くりくりした⽬を輝かす。
「カエデちゃん、ありがとう。でも、どうして、おばちゃんのお客さんが増えるよう祈ってくれたの︖」
「おばちゃんのお客さんが増えるとお⽗さんのお給料が増えるから、そうお祈りしなさいって、ママに言われたの」
世津奈は、コータローをにらむ。コータローが咳払いをして横を向く。
世津奈は気を取り直し、財布から1万円札を2枚取り出す。
「今年は、豪快に2枚いくからね」
「2千円すか︖ ⼤きく出ましたね」
「あら、桁が違うわよ。2万よ、2万」
世津奈は、コータローの顔の前で2枚の万札をヒラヒラさせる。
「それで、何をお願いするんすか︖」
「商売繁盛と、コー君の家内安全」
「後のは、余計なお世話です。それから、商売繁盛について、⾔ってもいいすか︖」
「なに︖」
「ここで2万円払えるんなら、浮気調査⽤のカメラを買い替えるべきです。あれ、誰かのお古ですよね。ピントが合いません。設備投資の⾃助努⼒なしに商売繁盛を頼み込まれても、神様が困ります」
「2万円じゃ、本格的な1眼レフとかには⼿が届かない。だったら、ここで神様におすがりする方が効果的よ」
「どこをどぉつついたら、そぉいうエエ加減な発想ができるんすか?」
お賽銭箱に2万円を入れようとする世津奈の手をコータローの手が押さえる。
「宝生さん、まだ遅くありません。ボクとカエデの事を本当に考えてくれるのなら、この2万円は……」
コータローに最後まで言わせず、世津奈は万札2枚を賽銭箱に押し込んだ。
ジャラン、ジャランと鈴を鳴らす。
「おばちゃん、カエデは、この氏神様にも、お客さんが、いっぱい、いっぱい来ますようにって、お願いするね」
「カエデちゃん、ありがとう。ガンガンお願いしてね」
⦅おわり⦆
宝生探偵事務所/初詣 亀野 あゆみ @FoEtern
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