溝口水晶と「沈黙する子猫たち」①
ある一人の少女がうっかり口を滑らせて顔を
どうも後追い自殺をした今井文美は援交のようなことをしていたらしい。
溝口水晶はその少女に、――「大丈夫。絶対言わないから」そう
少女は「死んじゃった人たちのこと悪く言いたくないのだけど……絶対、絶対、絶対、私が言ったって言わないでよね」と何度も念を押してから、よく通る声でしゃべり始めた。
「……いつだったか、私が朝、教室に行くと黒板の前でみんなが集まって騒いでいた。どうしたのかなって覗いてみると、黒板に子猫が口の前で指を立てたイラストと一緒に、きれいな字で〝今井文美はデートクラブで援交しています〟と書いてあったの。当然、それを見た文美は駆け寄って来てそれを消したけど、恐らく誰が書いたかは分かっていたと思う。だって、彼女の性格からすると、フツー、誰が書いたの―って、まず怒り散らすはずなのに、あの時の文美は何も言わずに黙々と消していたから……唯ちゃんとか亜美は、文美がカワイソーって周りにアピっていたけど、多分、まあ、私もそうなのだけど、あれは事実だと思っていたはずよ。文美んちの家庭環境ってチョー悪いこと知っていたし……それにね。あれは茉莉亜が書いたのだと思う。だってあれ以来……ねぇ、絶対に言わないでよ。ねぇ絶対よ。そう、あれ以来、茉莉亜は文美から虐められていたの。みんな言わないけど、二人が死んじゃったのって、多分、そのあたりが原因だと思う。でも思い出すわ。あの時の茉莉亜を見る文美の目は異常だった」
やはりそうだ。二人は後追い自殺ではなく、それが原因なのだ。
確かに取材すればするほど二人には君野二葉と距離があったように思えていた。
……恐らく、何らかで少女らにとっては後追い自殺の方が都合よかったのだろう。
だから皆で口裏を合わせた。
ただ、そうなると一つ問題が生じてくる。二人とも例の青いジャケットを着ていたのだ。
君野二葉と双子の姉妹もまた
……偶然? いや、そんな訳がない。これはどう説明づければよいのだろうか。
最後に、少女は無邪気な顔で恐ろしいことを口にした。
――「でも、二人とも死んじゃうのだから焦ったわ」
葉山デスクに調べてもらった結果、あの子猫のイラストは会員制のデートクラブのものらしい。その詳細については時間が掛かるとのことだ。
また、どうもVIP等も顧客にいるようで、久々に手強い案件だと、笑いながら愚痴っていた。
確かに未成年に売春みたいなことをさせているのだからガードは堅いはず。
それでも彼女は何をしてでも、それらを暴いていくのだろう。
数日後、デスクから渡されたノートパソコンのGoogleで闇サイト一覧を検索した。それからいくつかの複雑な工程を踏んで、ようやく「沈黙する子猫たち」のホームページへと辿り着く。
――真黒な画面に突然、デフォルメしたあの猫のイラストが浮かんで、その下にはメールアドレスが貼ってある。
僕は予めスキャンした代議士の名刺と、デスクが用意した男の顔写真を添付して、そのアドレスに送った。
すると暫く経ってからパソコンにパスワードのみが送られてきた。
再び「沈黙する子猫たち」のホームページを開いて、それを所定の場所に入力する。
画面変わって、その後はいくつかのアンケートに繋がっていく。
――名前「宮田賢治」(予め指定された名前を入力)、年齢「38歳」、職業/業種と会社名「IT系企業・ブルム社外役員」、現住所「都内新宿区神楽坂xxx」、出身地「広島県安佐南区xxx」、親の名前※亡くなっている場合でも入力下さい。「父―武志、母―登美子」(ここも指定された名前)、好きな有名人※LGBTの方も入力下さい。「森七菜」、趣味「映画観賞」※その場合、好きな映画と監督も入力下さい。「Dog ville」・「Lars von Trier」、そして、その後は連絡用のメルアドとクレジットカードの登録さらに詳細な性的嗜好について――。(例えば、少女趣味や体形、プレイ内容、初体験、体験人数など赤裸々な質問が続いていく。僕は、それらをデスクの指示通り、なるべく事実に沿って入力したつもりだ) 尚、登録したメルアドには趣味嗜好に合わせてお奨め情報が届くという。新手のマッチングアプリのようなものらしい。
そして、全ての入力が終わり暫く待っていた。
デスク曰く、ここは既に会員になっている人からの紹介でしか入会出来ないという。
また会員数も常時50名程度に制限され、それ以上は募集しないとのことだ。
彼女はたまたま会員である知り合いの代議士が退会するみたいで、ラッキーだったと笑っていた。
勿論、登録したクレジットカードや男の写真もデスクから渡されたもので、入力したIT系企業も実際に存在していて、そこの代表にも話をつけているらしい。
彼女が使ったものを考えると少し怖くなってきた。
――すると突然、画面が切り替わり「ようこそ12番さん」と文字が浮かんできた。
その下には、さらに別のURLが貼ってある。
クリックして、教えられた通りの場所にカーソルを移動してから、12という数字を入力した。
それはいくつかのライブ?……映像だった。
ワンルームほどの部屋を色んな角度から複数のカメラで撮影している。そこには数人の裸の女が映っていた。
――ソファーで寛いだり、椅子に座り本を読んだり、編み物をしている。中にはジクソーパズルをしている女もいた。
さらには全ての女が猫耳のカチューシャをつけて、番号の書かれた首輪をしている。しかも裸の女たちは一切しゃべることをせずに、時折ニャーオと猫の鳴き真似をした。
僕は画面横に表示されたアンダーラインのある番号をクリックしてみた。
2時間4万円・156㎝・42㎏・B85・W57・H88・主婦・23歳・子供なし・正上位・9人・S‐CATS@XXXXX.Com
恐らくは首輪の番号が示す女の値段やデータなのだろう。
僕がクリックした3と書かれた首輪の女は人妻みたいだ。しかも好きな体位は正上位に違いない。但し、9人という数字が、その人妻の体験人数なのか、これまで取った客の数を指すのかは定かではない。
また、どうも最後のメルアドで、待ち合わせの時間や場所の連絡を取り合うシステムようだ。
すると変なことに気が付いてしまう。画面の下にいくつかのタブがあるのだ。
それぞれCHA,KOR,TWN,THA,KHM,RUS,USA・・等々と標記がある。
――おもむろにCHAのタブをクリックする。
画面が別の部屋に切り替わった。
予想通り、そこには数人の裸の中国人らしき女がいた。やはり、彼女らも同じように猫耳のカチューシャをしている。
僕はその部屋の内装から、今映っている中国人のいる場所が、先程の日本人のいる場所とは違っているように思えた。
……録画なのかな? いや、もしかして彼女らは本当に中国にいるのではないだろうか? その根拠に先程と同じよう、3番のデータを見てみると、125,000元(※1元が16円くらいだとすると、なんと彼女は約200万円なのである)と法外な料金設定がされている。
ふぅー、やっぱり嫌な予感は当たってしまうのだろうか。ある身の毛もよだつことを考えていた。
そして、ついに僕は様々な国名の最後にRAREと書かれたタブの存在に気付くのであった。
訳すとそのままにレア――そこには何か珍しいものでもあるのだろうか。
もう嫌な予感しかしない。
……ん??画面が開かない。そうだ。僕は12番なので更に12回クリックするのだった。デスクが口にしたことを思い出す。
大方、あの代議士から聞いたのだろう。
その通りタグを12回クリックした。
すると、何も無いただ白いだけの画面に切り替わっていった。
暫く見ていると、その中央辺りに『見学料10万円/YES or NO』の文字が、ボワっと浮かび上がってくる。
このサイトに行くには、それだけ必要なのだろうか。
何をしているのか正直よく分からなくなっている。
――息を止めてYESをクリックした。
部屋には5人の猫耳をつけた裸の女がいる。
但し、少し他のそれとは違っているのが分かる。
……その中の3人は明らかに幼い。
多分、2人は中高校生くらいで、もう一人は小学生だろう。
さらに、その他の二人には特別なものがあった。
……緑色のショートカットの女は片足の膝から下が無くて、もう一人は恐らく目が見えない。
そう、二人とも障害者なのである。
吐きそうだった。本当に僕に出来るのだろうか?
――「取りあえずやりなさい。そうすれば分かるから。君はいつも片方しか見ていない。いい、買う方にも売る方にも、それぞれ理由がある。それは君が思うようなものでは無いのかもしれない。でもね。その良し悪しの判断は君がするのではなく、当事者がするものなの」
デスクがいつか口にした。
僕は片足で緑色の髪の女がしている首輪の番号を選んで、『飼う』のところへとドラッグした。
ネットで服を買うみたいに……。
すると、「お飼い上げ有難うございます」という文字の後で、飼育する上での注意点として、その女についての詳細な情報と、これからの方法が画面に上がってきた。
それは直ぐに来た。僕たちはメールで明日の午前10時に会うやり取りをしたのだ。
片足の女を選んだのには理由があった。
――小学生は論外として、高校生くらいの彼女らには、同年代である今井文美との仲間意識等を考える必要がある。しかも、僕は未だ牧原茉莉亜についても援交を疑っているのだから……。
さらには二人が「まーちゃん、ふーちゃん」であるとも思っている。
展開がよりドラマチックになるよう、そう、そっち側に引っ張られている感じだ。
また、目が見えない女性には写真を確認してもらうことが出来そうもない。
よって消去法で彼女なのである。
ただ正直、彼女に、いや、その片足が無い身体に、その何か中心線を
それは彼女らを買っているであろう、軽蔑の対象たる奴らの気持ちを少なからず理解出来るみたいで、そもそも本来は堪えがたいもののはず。
けれどもカーソルを動かす右手に躊躇は無かった。何事もなかったみたいに平然と受け入れようとしている自身がいた。
深い、深いところで、じっと僕を見ている僕が本来の僕であるかのように、その僕がそっと近づいて入れ替わろうとしているのかもしれない。
……何だろう。僕には言い訳が必要なのか?
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