星のランプに手が届く。

 あれから数回少女を抱いた。名前はルカという。

 勿論、本名かどうかは分からない。

 青い果実に狂っていたのだ。

 そして、その都度、私たちは色んな話をした。

 ……互いの事とか。ただ、肝心な飛ぶ理由についてはいつも口を紡いでいる。


 ある日、ベッドでのこと。

「ねぇ、星のランプだったら、夜じゃないの?」


「――不眠症で明け方に疲れのピークがくるの。それでも本気で飛ぼうとしているわけ。勿論、不安もあるし、正直、迷いだってある。ただね、太陽がすっと差し込んできて、全てを洗い流すような、そんな神々しさの中にいるとね。何だか、それら全部が吹き飛ばされて、さらには自身が抱えている憂鬱や苦悩みたいなものさえも、逆に実行力に変えることが出来そうな気がするって」そう言った。


 視線を外してから、さらに続けていた。

「だから一番飛べる可能性が高い朝を選ぶ。それに朝だって星はちゃんと頭上にあるでしょ。見えないのは、あなたたちの能力のせい。だって、星の王子様に出てくるキツネだって言っている。本当に大切なものは目には見えない……」

 全て二葉が言ったこと。


 私は心の中で呟いた。「そう、心で見るのだ」


 ルカの話には特徴があった。彼女が言った事を自分のことのようにして話す。

 よくある崇拝に近いようだが、そこには決定的な一線が確かに引かれていた。

 そして漠然と思う。人間は死や、それに近いものに対する欲求を誰しも大なり小なり持っているものだと。

 ……案外、そう遠くない将来、私にそれが訪れるのかもしれない。


 ――ホームに立つと、電車に飛び込みたくなる。想像上の高い塔に登る剥き出しの梯子はしごから思わず手を放す。ビルの7階から下を覗くと無性に引き込まれそうで、油をひいて熱したフライパンには掌を重ねてみたい。夢の中では女の顔をグーで殴って、夏の暑い日には、くるくる廻る扇風機に指をズバッと……それと同じ? 

 たまたま彼女は、ビルとビルの間を飛んでみたくなったのか。

 さらに何故、ルカはそんな彼女に協力するのか? 友情の為? いや違う。ルカにはもっと何か、うまく言えないが、そう、もっと打算的な不純のようなものを感じる。

 それは二葉が、あの夜、あまりに純粋に渋谷の街角に佇んでいたから逆にそう思えるのだろうか? 

 今の状態の私ではとても分かりようがない。


 そして答えに触れないよう、何度もルカを抱いてしまうのだった――。

 白磁のような身体に偽物が入り込む。その都度、少女は溌剌とした生色のある女の躰に変化する。

 完全なものより不完全な危うさの方が、遥かに興味の多いことを知ったのだ。  

 但し、何度もSEXしていると、どうしてもある違和感が浮かび上がってくる。

 ルカとの行為は、いつも正上位か女性上位であったのだ。

 嫌な思い出があると言って極端に後ろからを拒んでいた。

 ただ、それらを想像することで、――変なスイッチが入ってしまい、いつもより激しく腰を振るのだった。

 ルカは、いつも恥ずかしそうに身体にバスタオルを巻いて浴場に行ってから服を着る。

 ここで着替えたらって聞くと、「シャワーも浴びたいしね。ねぇ、――女子高生よ」と言う。  

 よく解らない単語の並べ方だけど否定の意味なのだろう。

 確かに一緒にお風呂に入ることも頑なに拒んでいた。


 ある時、ルカの着替え中にトイレに行きたくなった。

 普段は、ことが済んだら少し眠くなるのだが今日は違っていた。ルカもそのことをよく知っていて、浅い眠りから、うすうすと目覚める頃には必ず服を着てソファーで携帯を触っている。

 そして、後から知るのだが、この時の寝ている写真を数枚、撮られていたのである。

 またどうも薬のようなものを飲まされていたみたいだ。  


 特に思うこともなく浴場の横にあるトイレに向かった。

 ふと顔を傾けると、ルカがシャワーを浴びている。水を弾く若い肌に、子供の頃に水をやった朝顔の瑞々しさを思う。

 ただ、そこには違和感があった。

 その皮膚の薄さゆえ綺麗に背骨を浮かす白い背中に、鉛筆の芯で掻いたような痣がある。打ち身なのか、引っ掻いたものなのか……。

 見てはいけないものを目にしたようで、動揺して余計な音を立ててしまう。

 その瞬間、ルカはこっちを向いてしゃがみ込んだ。

 シャワーは出会った時の雨みたいに、音を立てながらルカに降り注いでいる。


 何も話さなかったルカが別れ際に言った。――「今度は、を紹介するね」

 鳥肌が立った。ついに会える。

 その喜びに混入した何とも言えない不安感と、さっき見た傷のある青い果実のことを強く思った。


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