星のランプに手が届く。

 暗がりに身を潜めている小動物のよう。それは、しっかりと横隔膜を動かして息をしている。

 すると少女は携帯から目を外して姿勢を正した。

 顔を上げると艶のある黒髪がすっと胸の辺りまで垂れる。

 ゆるくカールした前髪を眉の上で綺麗に並べて、盛り上がった白く柔らかそうな頬の上に三日月を倒したような目を浮かべている。

 少し違和感があるものの、白人の少女みたいな顔立ちだと思った。そして、ゆっくりとだが確実にこちらを向く。

 丸顔なのに鼻筋が通っているから力強い印象である。


 深夜2時に渋谷でよく見かける女子高の制服を着て、淀んだ淵のような場所からこちらを見ている。

 鼓動は激しく高鳴った。――声がする。


「……知っているよ」

目を見開いて少女を凝視した。


「私に話があるのでしょ?」

色んなことを意味しているようで答えられない。


 ――「手伝って欲しい」少し首を傾げて、それから軽やかに微笑んだ。


 すると、少女はベンチから腰を上げて静かな湖面を這うが如く、すうーと近づいた。

 いつかYouTubeで見た能のそれとダブって見える。

 そうして、予想以上に小さく華奢な女子高生がほんの僅かな距離の中で飛び切りの笑顔を作ってみせた。

 顔を上げ、すっと笑顔を消してから、今度は困ったように眉根を寄せると、「……だったら、私をかってよ」そう耳元で囁いてから黒目の大きな瞳をじゅんと潤ませるのだった。

 そして、それが当然であるかのように少女は続けた。


「ねぇ明日、この場所に、同じ時間に来て」

 この淀んだ淵のような場所から魚の如く俊敏に逃げてしまった。


 着慣れた制服の下に「JK」という秘密がことごく隠されて、目つきも口つきも娼婦のように動き、娼婦のように振る舞っていた。

 ただ、明らかに慣れていない。

 その震える声質は、私に色んな妄想を育ませるには恰好であった。

 恐らく、少女の容姿や雰囲気は間違いなく大多数の男性の欲求をくすぐるタイプのものだろう。例えばそう、モデルが持つ完璧に近いものとは違い、よく言う手に届きそうな丁度良い距離感のものである。

 そんな究極の普通を弄ぶチャンスが、――掌には乗っている。


 そう、あの黒髪に鼻を擦りつける心地よさ、首筋を這わす舌触り、少し青臭いであろう、その白い脇の下……私は思わず熱を持つのであった。


 ああ、とてもムリ。深夜の渋谷で少女を追っていたら不思議な場所に迷い込んで、さらに別の少女に誘われた。この日常から、すっかり逸脱したような状況に激しく興奮して分別を失っていたのである。


 あくる日の未明。篠突く雨で渋谷の街は白く濁って見えた。

 昨日と同じ場所に立っている。

 傘を叩く雨の音のせいか、辺りは喧噪的に映えるが、ある意味、海の底のように静かだった。

 丁度、昨日と同じ時刻となった。辺りを見回したが誰もいない。

 ……騙されたのかな、そう思いながら暫く佇んでいると、暗がりの淵で空間がずれたように感じた。

 ――ベンチの後ろに誰かいる。

 それは傘も差さずに立ち竦む昨日の少女だった。

 少女がそっと目配せして手招きする。

 何だか傘を差しているのが悪いことをしているかのようで、それを閉じてから近づいた。


 二人は少し距離をとって歩いていく。

 互いの輪郭がぼやけるほどの雨の中、どのくらい経ったのだろうか。目の前には、いつか背負われた女と男二人が入っていったラブホテルがある。

 その距離を保ったままで入った。


 狭いエレベーターの中で少女は青い匂いがした。

 びしょ濡れの女子高生とこんなところにいる。そう思うと、心臓が張り裂けそうなほど色めき立つのを感じる。

 それでも部屋の前で、もう一度だけ少女を見た。

 最後に確認の意味を込めたつもりだったが、真っすぐ見据えた瞳には迷いなど伺えなかった。

 ドアを開けて靴を脱いだ瞬間、堰き止めていたものが一気に溢れ出したかのように、少女をベッドに押し倒した。

 すると、――「暗くして」少女が言う。その声質には切迫感がある。

 言われた通り部屋の明かりを落とすべく、重ねた身体を一旦、剥がすのだった。


 暗がりの中で濡れたままの髪がシーツに広がった。

 体にピタッと、くっ付いたブラウスの下には白いブラジャーが透けて見える。

 そのまま少女の胸元に顔を埋めた。

 程よい肉付きなのが服の上からでも頬を伝う。

 ゆっくりと態勢を上にずらして、半開きの薄い唇をむさぼった。いつかのBUTTERO女のように舌を深く絡ませたのだ。

 それから、真っ白な少女の脇に吸い付いたままで腰を数回強く動かすと、予想通りすぐにイってしまっていた――。


 恥ずかしさと満足感の間で貝にでもなったのだろうか、互いに掛ける言葉が一切見つからない。

 すると、沈黙が続く中で、「……初めてなの」微かに糸のような声が彼女の唇にのぼった。

 背中に立てられた爪の跡が痛みを伴っているようだ。


 濡れたシーツを床に投げ捨てて、ベッドの上で、また暫く二人して全裸で天井を見ていると、彼女は身を起こした。

 それは見慣れない動きだった。


「………………………?」


 この部屋で口を開いたのは2回目の気がする。

「名前は、君野二葉……違うクラスの同級生……でしょ」


 少し冷静になった私は目のやり場に困っていた。

 そして、寝そべったままでは話が入ってこないようで、彼女の横に胡坐をかいて座り直し耳だけを傾けた。


「……4ケ月後、星のランプを手にする。ビルとビルの間を飛ぶ?」

 私は話が全く入ってこなかった。




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