次の日

 いつものようにTSUTAYAの窓から渋谷を見ていた。

 大学生っぽいグループが男女合わせて7,8人ほどで円になって騒いでいる。

 薄いひらひらスカート女は、かなり酔っているようで、短髪男の首に両手を回し、ぶら下がるようにして不規則なステップを踏んでいた。

 密着された短髪男は女の耳元に口を近づけて何かをしきりにしゃべっている。


 リュックを背負ったリーダーらしき男の合図で、彼らはスクラムを組むかのよう集結し始めた。

 黒頭が前後に蠢いて、それは群がる蟻の群れを見せられている思いだった。

  

 前方に中腰で構えた髪の長い女が自撮り棒を伸ばすと、彼らは同じようなポーズをして、何の衒いも躊躇もないまま似たような笑顔を貼り付けていく。

 思うに、一方通行の同調こそが今の時代、その画像は「フェイク」の頭に#(ハッシュタグ)を付けて上手に拡散されていくのだろう。


 解けたようにバラバラになるグループ。それでも短髪男の動向を見ていた。

 地面にハの字を書いて座り込む酔った女の耳元で未だに何かを言っている。黒髪が滝のように垂れて、私にはその女の表情が見えない。

 すると、彼は後ろ向きにキャップを被った体格のいい男を呼び寄せて、アイドルグループの広告を掲げるビルの軒先で何かを相談し始めた。

 今尚、項垂れる女を自撮り棒女が膝を抱えて覗き込んでいる。

 背中を擦りながらも大きな声でケラケラ笑う姿が妙にしっくりくるのが可笑しい。

 自撮り棒女はリーダーの腰に両腕を巻いて人込みへと消えていった。


 視線を戻すと、先程の体格のいい男が酔った女を背負い始めている。すごく単純な作業のように見える。女のバックは短髪男が持っている。

 彼らもまた雑踏へと踏み出していく――。


 急いでノートパソコンの電源を落とした。エスカレーターを速足で駆け下りたのは、ここ一年間で3回目のことだ。

 私には知る必要がある。そう、これは小説を書くための行動。

 ――彼らの後を追ったのだ。

 結論から言うと、酔った女一人と男二人はラブホに入っていった。


 小走りの私は少し興奮していたのか、気付くと彼らに近付き過ぎていた。

 2、3歩後退りしてから顔を起こすと、背負われた女のスカートが捲れ上がり魚の腹に似た白い太ももが、ちらちらと光って見えた。

 並んで歩く短髪男は白桃みたいな女の尻を終始、丁寧に撫でている。時折、その奥にまで指を入れている。

 そして大方、それは濡れているのだろう。

 その都度、鼻先に当てて匂いを嗅いでみせた。


 すれ違う人達は異常に思える彼らを振り返ろうとしない。

 彼らは一定の速度で熟知したこの街を何らかの確信を持って坂道を上がって行くようだった。

 ただ、思いの外、冷静である。

 目に映る情景に違和感を全くと言っていいほど覚えないのだ。

 この街には許容範囲なのだろうか……。

 彼らが周りを気にすることなくHOTEL B‐INNに入ったのを確認すると、すっと踵を返してTSUTAYAに戻って行った。


 いったい何を見たかったのだろう。 


 一階にあるスタバ店員がカフェモカを作っている。マグカップに牛乳を注ぎながらお客らしきスーツ姿の男性と談笑する。

 彼女は黒髪を後ろで綺麗に束ねて空豆を剥いたような顔で笑った。

 私はいつもの渋谷が見える席に腰掛けて、彼女のイッタ時の顔を思い浮かべてみたものの、案外、興奮しないのが不思議だった。



 再び携帯を手にして、今度は電源を落とした。

 久保あきらはキーボードに出だしの文書を打ち始める。

 今しがた起きたことを回想しながら綴っていると、その違和感が文字を並べる画面越しに行き成り飛び込んできた。瞼を閉じても、りんりんと輝く太陽が、そこにはっきりと分かる感じだった。


 ……何かある。

 言いようのないものを渋谷の雑踏に見つけたのだ。


 蠢動する人込みの中で、そこだけがぼんやりと光って見えた。

 まるで暗がりの小さな蛍のよう。

 その少女は薄緑色のツインテールを腰まで垂らして雑居ビルにもたれるように立っている。

 頭には白い大きなヘットフォンをして凛とした表情で顔を下げている。襟付きのベストにネクタイを締め、そこから出た細い両肩は恐らく素肌なのだろう、極めて色白で常に人目を引き付ける。

 胸の膨らみもほぼ感じない程に華奢な身体つき。そして、黒のフリルの付いたミニスカートから伸びる細い脚には膝上まであるエナメル性のサイハイブーツを履いている。


 なんだろう興奮が止まらない。

 ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。2次元の住人を見つけた思いだった。

 その異質な少女を暫く凝視する。

 瞬きをしている間に消えてしまいそうで、兎に角、目が乾く……高校生くらいかな。いやでも、今は24時を過ぎている。それってコスプレなの? まさかの援交? 想像が止まらない。


 久保あきらは顎を乗せていた右手でプラスチックの容器に入ったアイスコーヒーを取った。咥えたストローの先で氷を掻き混ぜてから一気に吸い込んだ。

 冷たい感触が喉を通るのが分かる。


 記録しないと……ふとキーボードに目を落として書き出しの文章をほんの少しだけ惟みた瞬間だった。


 ――少女がいない。

 焦って立ち上がり舐めるように全体を見回したが、まるで嘘みたいに消えていた。

 少女はバーチャルのように突然現れて、突然消えたのだ。

 ああ、それだけで鼓動が速くなる。いったい何だったのだろうか。

 掌には汗がいつまでも滲んでいた。


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