第28話 大団円

「ずいぶん騒がしいと思ったら、お客さんがいらしていたようね」


 ミランダは太々しい面構えで腕を組んだ。

 中年のおばさんにしては、プルンプルン弾けるおっぱいを持っている。

 太郎はそれに惑わされないよう注意し、彼女の瞳をきつく睨みつけた。


「氷華はどこにいる」

「彼女なら奥の部屋で寝てるわ。目を覚ますかどうかはわからないけど」

「てめー! 氷華になにしやがった!」

「まだなにもしてないわよ。しようと思ったところに、誰かさんに邪魔されたんですもの」

「いくら同性だからってな、JKに手を出した犯罪なんだぞ! わかってるのかよ!」

「今あなたが話している相手は、マフィアのボスなのよ。それをおわかり? それに、あなたはなにか勘違いをしているようね。私はレズビアンではないし、いかがわしい目的のために彼女をさらったわけではないのよ」

「じゃあ、なんの目的で氷華をさらったんだよ!」

「生き血を頂くためよ」


 ミランダは舌なめずりをし、その翠眼を怪しげに光らせた。

 そこでひとみが、「やはりな」と、なにかの確信を得た。


「太郎、こいつはただの人間ではない。邪神の力を宿している。一筋縄ではいかないぞ」

「お嬢さん、あなたいったい何者? あなたのほうこそ、ただの巫女ではないようだけれど」


 ミランダは少し感心したように問う。

 ひとみは一歩前に出て、ビシッと指を突き出した。


「私は神に身を捧げる天翔る巫女! 人呼んで神眼のひとみ! 神より授かりしこの曇りなき眼(まなこ)に、見抜けぬものなどはない!」


 巫女装束でこれを言われちゃあ、世のオタクはイチコロだ。

 太郎も例に漏れず、羨望の眼差しで心をときめかせていた。

 それと当時に、黒歴史で封印した中二魂を、今ここで再び呼び覚ますことにした。


「我の名は閻魔太郎! 冥界を覇する閻魔大王の正当後継者! 我が司るのは世界を滅する終焉の業火! 汝、覚悟せよ! 汝が冥界の深淵を覗くとき、冥界の深淵もまた汝を覗いているのだ!」


 そして太郎はその場で縦軸にクルリと回り、謎のポーズで指をビシッと突きつけた。

 決まった。

 自分でも惚れ惚れするような完璧な自己紹介である。

 転校初日の自己紹介で、これをやればよかったのだ。

 タイムリープできるものなら、あの日の朝に戻りたい。


「そこの坊やは、ただのおバカさんのようね」


 ミランダに鼻であしらわれてしまった。

 ひとみの目もやけに冷めている。

 どうやら黒歴史を上塗りしてしまったらしい。

 太郎はブルーな気分でうつむき、すねた子どものようにつま先で床を蹴った。


「いつまでも遊んでいるほど私は暇じゃないの。さあ、さっさとはじめましょうか」


 ミランダは天を仰ぎ両手を広げた。

 すると彼女の体に重なるようにして、世にも奇妙な化け物が現れた。

 上半身は金髪ロン毛のおっぱい丸出しの美女、下半身は蛇の胴体がトグロを巻いている。

 そんな化け物の背中には、悪魔にも似た黒い翼が生えていた。


「太郎、邪神の正体はエキドナだ。ギリシャ神話に登場する化け物なので、おまえも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」


 たしかにひとみの言うとおりだ。

 太郎もエキドナの名前ぐらいは知っている。

 ただ、どれほど強いのかまではわからない。

 しかし、ギリシャ神話に登場する化け物なら、こちらにも味方がついているのだ。


「ケルベロス、まえの出番だ。あの化け物を――って、あれ? ケルベロス、どこいった?」


 ケロベロスがどこにも見当たらない。

 つい先ほどまではここにいたはずなのに、煙のように姿をくらましてしまった。


「太郎、ギリシャ神話では、ケルベロスを生んだのはエキドナとされている。ケルベロルは母に恐れをなし、尻尾を巻いて逃げ出したのだろう」


 どこの世界も母ちゃんは怖いものであるらしい。

 ということは、エキドナのステータスはケルベロスを上回る。

 あまり舐めてかからないほうがいいだろう。

 そう判断しつつ、太郎は先制攻撃で様子を見ることにした。


「食らえ!」


 太郎は床を蹴って間合いを詰め、エキドナの顔面に渾身の右フックを叩き込む。

 手加減なしのパンチだけに、人間なら頭が一発で弾け飛ぶ。

 しかし――。

 パンチを叩き込む直前で、太郎はエキドナの下半身に絡め取られてしまった。

 大蛇の何倍もあるような胴体に、体をグイグイ締め付けられていく。


「くっ……なんて力だ……」


 太郎はミノムシ状態で締め付けられ、蛇の胴体から抜け出すことができない。

 両腕を力いっぱい押し広げても、その何倍ものパワーで押し返されてしまうのだ。

 このままでは圧迫死は時間の問題。

 両手両足を封じられているので、業火の力で反撃することもできなかった。

 戦闘開始からものの一分で万事休す。

 絶体絶命の大ピンチである。

 そんなとき――。


「掛けまくも畏き 伊耶那岐大神 筑紫の日向の橘小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓え給いし時に 生りませる 祓戸大神たち 諸々の禍事・罪・穢 有らんをば 祓え給い 清め給えと 白すことを 聞こしめせと 恐み 恐みも 白す」


 ひとみの祓詞が発動。

 その淀みのない清流のような詩(しらべ)が、エキドナのパワーをみるみるうちに弱めていった。

 太郎は両腕を押し広げて大蛇の拘束を脱出、間合いを取って戦闘態勢を整える。

 そこでひとみの追撃。

 彼女は両手を突き出し、その神眼をカッと見開く。


「高天の原に 神留まります 皇が睦 神漏岐・神漏美の命以ちて 八百万の神等を 神集へに集へ給ひ 神議りに議り給ひて 我が 皇御孫の命は 豊葦原の瑞穂の国を 安国と 平らけく 領ろし召せと 言依さし奉りき――」


 大祓詞だ。

 神社での憑き物落としでは、この長い祝詞を唱え、厳鉄の生霊をこの世から葬り去った。

 その大祓詞を受け、エキドナは甲高い悲鳴を上げて身悶えている。

 さすが天翔る巫女。

 神より授かりしその神眼は、ギリシャ神話の怪物をも凌駕する。


「てか……神眼ってレベルじゃないだろこれ……」


 太郎は半ば呆れたようにつぶやいた。

 祝詞の効果もさることながら、ひとみの両目と両手が、ズバババババ、と輝いているのだ。

 こういうのをチートと言う。


「エキドナ! なにをやってるの! しっかりしなさい!」


 ミランダは苛立ったようにエキドナの体を揺すっている。

 そこで太郞は考えた。

 ひとみの祝詞の力は絶大だが、エキドナを葬り去るのは難しいかもわからない。

 現に、エキドナは弱体化しているだけで、それが致命傷になるとは思えなかった。

 致命傷を与えるなら業火の力だ。

 業火の力であれば、あの怪物をこの世から葬り去ることができるだろう。

 しかし、奥の部屋に氷華がいる以上、ここで暴れ回ると彼女にも危険が伴う。

 ならば、ミランダを外に誘い出すしかない。


「おい、ミランダのおばさん」


 まずそうけしかける。


「お、おばさんですって! わたしはまだ三十四歳なのよ!」

「三十四は立派なおばさんなんだよ。お、ば、さ、ん」

「うるさい! わたしをおばさん扱いするんじゃないわよ!」


 案の定、ミランダは癇癪を起こしはじめた。

 この手のおばさんは、おばさん、という単語に敏感だ。


「なあ、おばさん。外で戦ったほうがいいんじゃないのか? なにせ俺は将来の閻魔大王だからな。俺が本気出したら、この豪邸なんかすぐ全壊だ。この豪邸おっ建てるのに、相当金かかったんじゃないのか? なあ、おばさん?」

「このクソガキが! まだそんな戯言を! わかったわよ! 外で戦ってあげるわよ! おばさんって四回言ったことを後悔させてやるわ!」


 ミランダはエキドナを引き連れて外へ出ていった。

 おばさんと呼んだ回数を覚えているあたり、かなり自分の年齢を気にしているらしい。


「生徒会長、氷華のこと頼みます。俺は外であいつをぶっ倒してきますから」

「太郎、一人で大丈夫なのか?」

「俺は大丈夫です。なんてたって、俺は将来の閻魔大王なんですから」


 太郎は片目をつぶり、親指をグッと突き出した。

 ひとみはフッと笑みをこぼし、小さくうなずく。

 そして彼女は、氷華を救出するため奥の部屋に駆け込んでいった。


「太郎! 大丈夫だ! 旭山は眠らされているだけのようだ!」


 奥の部屋からひとみの声が飛んできた。


「なら、そっちは頼みます!」

「ただ――」

「ただ、なんですか!」

「いや、なんでもない! さっさと化け物を倒してこい!」

「わかりました!」


 太郎はこの場をひとみに任せると、邸宅を出てミランダと対峙した。

 バトルフィールドは前庭だ。


「さあ、将来の閻魔大王さんとやら、その力を見せてもらおうかしら」

「言われなくてもそのつもりだ、おばさん」

「五回目。おまえの家族もろとも殺してやるから」

「俺の父ちゃんと母ちゃんを? 地獄に堕とされてから勝負してみるんだな。どんだけおっかないか、身をもって知ることになるぜ」

「うるさい! エキドナ! 殺っておしまい!」


 ミランダの指示を受け、エキドナが大きく口をひらいた。

 その口の中から、大蛇の炎が飛び出し、太郞の体をトグロ巻きとした。

 太郎は炎に包まれながらも、涼しげに顔を仰いでいる。

 業火の力を宿した自分に対し、炎の攻撃が通用するわけがなかった。


「ま、まずい!」


 しかし、太郞は慌てふためいた。

 自分の体は炎で燃えることはないのだが、衣服だけは普通に燃えてしまう。

 しかも、今ジーンズの下に履いているのは、ひとみのお宝パンツ。

 これを燃やしたとあっては、死んでも死にきれない。

 ゆえに、太郎は炎の大蛇を全力で振り払い、芝生の上でゴロゴロと回転し、衣服の鎮火に走った。

 幸い、パンツは無事である。

 ジーンズの下には宝物をはいている。ひとみからもった大切なパンツだ。

 これが燃えてしまっては一生後悔することになる。


「エキドナ! 炎じゃダメよ! 氷系統の攻撃に切り替えなさい!」


 エキドナは大きく口をひらき、凍てつく冷気を吐き出した。

 その冷気はしだいに猛吹雪へと変わり、渦を巻くようにして太郞の体を包み込む。


「おばさん、地獄にはな、極寒地獄っていうのもあるんだよ。こんな吹雪ごときで、将来の閻魔大王が凍えるとでも思ってるのか?」


 そう虚勢を張ったものの、太郎は吹雪の中でブルブルと震えていた。

 じつは、けっこう寒い。

 おそらく、チンコはちっこいドリルになっている。

 このままでは息子が先にやられてしまうので、ここで一気にケリをつけることにした。

 超がつくほどの必殺技だ。


「インドラの雷(いかづち)!」


 この必殺技に詠唱はいらない。

 古代より受け継がれ、閻魔の血に宿る神力に、中二的詠唱など似合わない。

 それが、閻魔神拳奥儀、インドラの雷である。

 太郎が両手を突き上げると、それに支えられるようにして、巨大な火の玉が現れた。

 解体工事の鉄球ぐらいの大きさはあるだろう。

 それは炎の玉でありながら、バチバチと放電も伴っている。

 太郞は一度しゃがみ込み、立ち上がる勢いを利用して、火の玉を天に向かって打ち上げた。

 すると――。


 火の玉は夜空の中で花火のように弾け、幾千もの炎光の矢が四方八方に飛び散った。

 やがて幾千もの炎光の矢は一点に収束。

 それはトマホークミサイルのような形状を成し、エキドナの頭上から地面を深く貫いた。

 怪物の姿はもうそこにはなかった。

 そこにあるのは、不発弾のように地面に突き刺さるインドラの雷だけである。

 太郎が念を送れば、インドラの矢は大爆発を起こす。

 しかし、エキドナを葬り去った以上、それを爆発させる必要なない。

 ゆえに、太郎はパチリと指を鳴らし、インドラの雷を消滅させた。


「あ、あなた……まさか本当に……」


 ミランダは顔面蒼白で地面に膝をついた。

 彼女の攻撃色は、とうに消え失せている。


「これは古代インドの叙述詩、マハーバーラタにも登場するインドラの雷。俺の父ちゃんが何代目かはさておき、初代、閻魔大王が神々の戦いにおいて使用した力だ。古代核戦争説も噂されるけど、モヘンジョダロを滅ぼしたのはこのインドラの雷さ」


 太郞は自慢げに講釈をたれた。

 ちなみに、太郞のインドラの雷は、初代閻魔大王のものに比べれば鼻クソ程度の威力だ。

 まだまだ修行不足は否めない。

 すると――。


「わたしが直々に殺してやる」


 ミランダは胸の谷間から拳銃を取り出し、それを太郎に向けて発砲した。

 むろん、それは0にも等しい攻撃力だ。

 それでも彼女は、何度も引き金を引いて抗い続けた。

 このままでは決着がつきそうにもない。


「あんま女は殴りたくないけど、これで終わりだ」


 太郎はミランダの首の後ろに手刀を叩き込み、


「うっ――」


 と、彼女を気絶させた。

 本気の手刀なら首チョンパだが、太郎とて人殺しは望まない。

 彼女には、しかるべき場所で、しかるべき裁きを受けてもらう。

 ひとまず、氷華の容態が気になる。

 太郎は邸宅の最上階へ踵を返した。


「え……?」


 氷華の元へ駆けつけたのはいいのだが、太郎は唖然と言葉を詰まらせた。

 なんと、天蓋付きのベッドで寝ている彼女は、ウエディングドレスを着ているのだ。


「生徒会長……これってどういうことですか……?」


 太郎はひとみに訊いてみた。

 ちなみに、ひとみは両手を氷華にかざし、その手を淡い緑色に光らせている。

 ヒーリングをかけているのだろう。


「おそらく、このウエディングドレスは儀式のために着せたのだ」

「儀式って、なんの儀式ですか?」

「邪神に生き血を捧げるための儀式だ。この手の趣向は、密教の類ではそう珍しいことではない。それより、太郎、旭山が目を覚ましたぞ」


 ひとみの言うとおり、氷華がうっすらと瞼をひらいた。

 ヒーリングの効果があらわれたらしい。


「氷華! 大丈夫だったか!」

「太郎……生徒会長……助けに来てくれたんだ……」


 やや朦朧としているものの、受け答えはきちんとできている。


「悪い奴はみんな倒したからな! もう心配しなくていいんだぞ!」


 太郎はボロボロと涙を流して氷華の手を握り締めた。

 すると彼女も、「太郎……やるじゃん……」と言って、その手を握り返してくれた。


「なら太郎、帰るとするか」


 ひとみは氷華に向け、顎をツンと上げた。

 運べと言っているのだ。

 太郎は氷華をお姫様抱っこし、一行はミランダ邸の外に出た。

 前庭では、ミランダがまだ気を失っていた。

 そんな彼女の横を通り過ぎたとき――。


 バン!


 一発の銃声が鳴り響く。

 太郎は何事かと後ろを振り返った。

 気絶していたはずのミランダが、うつ伏せの状態でこちらに銃口を向けている。

 だが、銃弾を受けたのは太郎ではない。

 ひとみだ――。

 彼女は片手を差し出し、まるでスローモーションのように、前のめりに地面にひれ伏した。

 その状態のまま、手足は一ミリ足りとも動いてはいなかった。


「ふざけるなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 太郞は一度、氷華を地面に寝かせ、ミランダの顔を平手でぶん殴った。

 何度も何度も、顔がボンボンに膨れ上がるまで、彼女の顔を殴りまくった。

 もう女だと手加減はしていられない。

 こいつはただの殺戮者だ。

 ミランダを別人の顔で気絶させたところで、太郞はひとみに駆け寄った。

 体を確認すると、巫女装束の背中に穴が開いている。

 左胸の後ろ側、つまり心臓の位置だ。


「生徒会長! 生徒会長! 起きてくださいよ! お願いだから起きてくださいよ!」


 太郎はひとみの体を揺らし、泣き叫んだ。

 しかし、彼女からの返事は、いつまで経っても返ってはこなかった。


「なんて俺はバカなんだ! ここぞというときにヘマをする! それを教えてくれたのは生徒会長じゃないか! そんな生徒会長を守ってやることができなかった! こんなクソ野郎の俺に、閻魔大王になる資格なんてあるわけねーだろ! うおおおおおおおおおお!」


 太郞は泣き崩れるようにひとみの体に覆い被さった。

 氷華も嗚咽を漏らし、絶え間なく涙を流し続けている。

 そんなとき――。


「なんてな」


 ひとみがそう言って、ひょっこり起き上がる。


「私は今、太郞と同じく強靭な体になっているようだな」


 彼女が緋袴を両手で揺らすと、銃弾がポトリと地面に落ちた。

 太郎は失念していた。

 ひとみは黒く髪を染めてはいるが、本当は燃えるような赤髪である。

 キスで婚姻関係を結んだ彼女もまた、強靭な肉体となっているのだ。


「死んだ振りするなよな……。俺、本気で号泣しちゃったんだぞ……」


 太郎は聞こえないようにつぶやき、そこらの小石をコツンと蹴った。

 なんだか、黒歴史がどんどん分厚く上塗りされていく気分である。


「生徒会長……冗談がすぎますよ……。あたしも本気で号泣しちゃったんですから……」


 氷華もオデコに縦筋を浮かべて呆れていた。

 そんな彼女はヒーリングで全回復したのか、自分の力で起き上がっている。

 ひとまず、二人が無事でなによりだ。

 そんなとき――。


「マフィアがなんぼのもんじゃああああ! 任侠道をなめんじゃねーぞおおおおお!」

「私の娘をどこにやったんじゃボケがああああ! 死にさらせやああああああああ!」


 厳鉄と志麻が、敷地の中に躍り込んできた。

 厳鉄は安全第一と書かれたヘンルメットを被り、釘バットを手に持っている。

 志麻は白装束姿で日本刀を振り回していた。

 こんな恐ろしい彼女を見るのははじめてだ。


「てめーら! 親っさんと姐さんに続け!」


 ノボルも組員たちを引き連れている。

 彼らは命を投げ出す覚悟で、マフィアと戦うことを決意したのだ。

 とはいえ、ラスボスは倒したし、残党の黒服はみな瀕死状態となっている。

 旭山組のみんなが命を落とすことはないだろう。


「わしのこの愛は、もう誰にも止められないんじゃああああああああああ!」


 なんと、菊代ばあさんも応援に駆けつけていた。

 しかも驚くことに、ランボーのような機関銃を持っている。

 そして菊代ばあさんは片手で機関銃を乱射し、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 と、最後は空に向かって弾帯の銃弾を空にした。

 そんな彼らは、氷華の存在に気がつき走り寄ってきた。


「氷華! 無事だったか!」

「氷華! 心配したのよ!」

「氷華お嬢様! おケガはありませんか!」

「氷華ちゃんや、わし、機関銃ぶっ放してもうた……」


 安堵の色を浮かべる、厳鉄、志麻、ノボル、菊代ばあさん。

 そして、十数名のモブ組員たちも、「よかった、よかった」と、口を揃えていた。

 みんな氷華の心配が先走っているようで、花嫁衣裳についてのツッコミはない。

 そこで、よもやのメンバーがもう一人加わった。


「太郎くーん!」


 手を振ってこちらに駆けてきたのは、千秋である。


「千秋……なんでおまえがここに……?」

「旭山さんのお父さんに運んでもらったんだ。ボク、どうしても心配で着いてきちゃった」


 ひとみと同じように、ノボルは千秋にも電話をかけていたらしい。

 しかし、驚くことはもう一つある。

 千秋は黒ぶちメガネを外し、ワンピースを着て女の子の恰好をしているのだ。

 太郎の疑問に気づいてか、彼女は自分から口をひらいた。


「ボク、もう男の振りをするのはやめたんだ。本当の自分の姿に戻ることにした。だって、太郎君みたいに、堂々と趣味を公言できる強い人間になりたいと思ったから。将来の閻魔大王が親友なんだから、ボクも強くならなくっちゃね!」


 千秋は肩をすくめてペロリと舌を出す。

 太郎はまたしても、キュンと股間がときめいた。


「ねえ、太郎……」


 そんなところに、氷華がモジモジしたように声をかけてきた。


「どうした氷華? そんなタコみたいな赤い顔して」

「キス……してもいいわよ……」

「え?」

「だから……キスしてもいいって言ってるの……」


 場は一瞬にして凍りついた。

 とくに、カチンコチンに凍りついているのは、厳鉄と菊代ばあさんだ。

 ひとまず太郎は考える。

 キスをすれば婚姻の契約が結ばれてしまう。

 それを氷華が知らないはずがない。

 つまり、これは彼女の覚悟のあらわれであり、愛を捧げるという証明でもあるのだ。

 むろん、ウエルカム。

 太郎はあの日(憑き物落とし)から、氷華にぞっこんLOVEなのだから。

 一応、ひとみに視線を送ると、彼女は、やれやれ、という顔でうなずいた。


「ひょ……氷華……いくぞ……」

「う、うん……」


 ウエディングドレス姿の氷華、そんな彼女の肩に両手を乗せて――。

 太郎はブチュ~っと熱い口づけをした。

 次の瞬間――。


「ちょ、ちょっと太郎! あんた、なにしてるのよ!」


 氷華にドンと突き飛ばされた。


「なにしてるのって……キスしたんだけど……」

「誰が口にしていいって言ったのよ! 普通、キスって言ったら、ほっぺにするもんでしょ!」

「いやいや……おまえさ、ウエディングドレス着てるし、普通、ここは口にキスだろ……」

「あたしが着たくて着たわけじゃないわよ! てか、ホンット、あんたって変態ね!」


 そんなやり取りに、ギャラリーからの笑い声が上がった。

 ただ二人、菊代ばあさんは魂が抜けかけ、厳鉄は、両目から怨念をシューシューと噴き出していた。

 そんなところに、ケルベロスが戻ってきた。


「まさか、母ちゃんがいるとは思わなかったな」


 真ん中の頭が冷や汗をかいている。


「しかし、母ちゃんを倒すとはやるな太郎」


 右の頭が感心したようにそう言った。


「第一形態のうちに倒しておいて助かったじゃん。第三形態までいったら太郎でも手に負えないぐらい母ちゃんは強いからな。まあ母ちゃんが冥界から戻ってこないことを願うぜ」


 左の頭によれば、エキドナは第三形態まで進化するらしい。


「ゲッ! なんだ! この化け物は!」


 厳鉄は度肝を抜かして目を丸めた。

 自分が名付け親のポチ、それがケルベロスだとはまだ気づいていないらしい。


「「「おまえが化け物言うな!」」」


 三つの頭が同時にツッコンだ。

 そんなとき――。


「あ、みんな! あれ見て!」


 氷華が夜空に向けて指を差し、みんなもその方向へ視線を揃えた。

 こぼれ落ちそうな満天の夜空の中に、ひと筋の光が流れ落ちていく。

 太郎は願いごとをしなかった。

 願いごとで叶う夢など、自分の力で叶えてみせると思ったからだ。

 俺は立派な閻魔大王になってみせる。

 いずれ氷華と結婚し、彼女を必ず幸せにしてみせる。

 キラキラと瞬く星空を仰ぎ見て、太郎はそう誓いを立てた。


「さあ、ずらかるぞ! みんな車に乗り込め!」


 厳鉄の指示の元、一行は数台の車に乗り込んだ。

 流れる街明かりを横目に、太郎はクスリとほほ笑んだ。

 後部座席では、太郎を挟み込むようにして、氷華とひとみがスヤスヤと眠りに落ちていた

                                 (了)

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閻魔太郎は地獄の審判者(予定)~趣味と恋とジャッジメント~ 雪芝 哲 @yukisibatetu

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