第25話 イタリアマフィアのボス、赤峰ミランダ ※別視点

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 空が薄暮色に染まった夕刻時。

 赤峰ミランダは、ショッピングモールの駐車場にいた。

 部下の運転する車の後部座席に座り、店内にいる氷華を待ち伏せしているのだ。

 ミランダの計画は、氷華を誘拐し、彼女から生き血を奪うことだった。

 猟奇的な趣味を性癖としているのではない。

 自身に体に宿る、邪神『エキドナ』に処女の生き血を捧げるため、氷華を標的としたのだ。

 エキドナとは、ギリシャ神話に登場する怪物のことである。

 上半身は美しい女性の姿、下半身は蛇の姿、背中には悪魔のような黒い翼を持つ。

 それが邪神、エキドナだ。

 ミランダには、生まれながらにしてこの邪神の力が宿っている。

 その邪神の力を利用し、裏社会で確固たる地位を築き上げた。

 その地位を、世界の頂点にまで高めるためには、エキドナの力が必要不可欠。

 だからこそ、ミランダは美しい処女の生き血を求めている。


「ボス、来ました」


 部下がターゲットを発見した。

 氷華だ。

 彼女の顔は知っている。

 同じ学校に通うタケシが、隠し撮りでその顔をカメラに収めているからだ。

 ミランダは部下を待たせて車を降りた。

 そして、モデルのようなステップで氷華に近づき――。

 声をかける。


「こんにちは」

「はい?」


 氷華はキョトンと首をかたむけた。

 近くでみると、とても美しい。

 艶やかな黒髪が肩下まで伸び、肌は陶器のようになめらかで張りがある。

 チュニック越しには豊満なバストが膨らみ、若さと美に満ち溢れていた。

 ヤクザの娘でなければ、とっくのとうに処女は失われていたかもしれない。

 自分の体に宿る邪神、エキドナが疼いている。

 早く生き血を、早く生き血を飲ませろと。


「わたしはこういう者なのですが、少しお時間をいただけないかしら?」


 ミランダは名刺を差し出した。

 そこには、某有名モデルプロダクションの社名と、偽名が印刷されている。

 ミランダ自身も、イタリア製のシックなワンピースを身につけている。


「モデル関係の人なんですか……?」

「ええ、スカウトの立場ですけど。もしよかったら、話だけでも聞いてみないかしら?」


 氷華は少し考えている。

 が、警戒心が見え隠れしているので、おそらく答えはノーだ。

 むろん、それは想定の範囲内、彼女の意思は邪神の力で強引にねじ伏せる。


「わたしの目が嘘をついているように見える?」


 そう優しく微笑み、ミランダは己の瞳に邪神の力を炯眼させた。

 氷華は吸い込まれるように視線を重ね、うつろな瞳孔で口をひらく。


「わかりました――。話を聞かせてください――」


 術に落ちた。

 強力な催眠状態である彼女に、もう抗うすべはない。

 一年ほど前、あの行方田歩芽子もこうして連れ去り、エキドナに生き血を捧げたのだ。

 死なない程度に何度も生き血をもらい、そして、記憶を消去してそこらに捨ててきた。

 その後、本人がどうなろうと知ったことではない。

 一生廃人のままでいるか、それとも気が狂って自殺するか、それは本人の自由だ。


「さあ、こちらへどうぞ」


 淑女じみた言葉とは裏腹に、ミランダはその表情に冷たい微笑を浮かべた。

 そして氷華をイタリアの高級車、マセラティに乗せ、ショッピングモールをあとにした。


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