第24話 友だちの真実

 翌日の夕方。

 太郎は菊代ばあさんに夕食の買い出しを頼まれ、近くの商店街に赴いていた。

 この商店街には、千秋の自宅の駄菓子屋がある。

 ついでなので、太郎は彼の家に遊びにいくことにした。

 チビッコで賑わう駄菓子屋に入ると、レジの前にはおばあちゃんが座っていた。

 千秋の祖母だ。


「おばあちゃん、千秋いますか?」

「千秋なら二階にいるよ。さあ、上がんなさい」

「なら、おじゃましまーす」


 店舗の奥には上がり框(かまち)があり、そこから家の中に入れるようになっている。

 太郞がそこでシューズを脱いでいたところ――。


「太郞君、千秋とお友だちになってくれてありがとうね」


 おばあちゃんがニコニコと礼を述べた。

 シワクチャの菊代ばあさんとは違って、六十歳ぐらいの品のあるおばあちゃんだ。


「俺も千秋と友だちになれて嬉しいですよ」

「塞ぎ込みがちだったあの子が、こうして元気になったのも太郎君のおかげだよ」

「千秋って、これまでずっと友だちいなかったんですか?」

「前の学校でもそうだったみたいだね」

「前の学校?」


 太郎は、はて、小首をかたむけた。


「千秋に聞いてなかったのかい? あの子ね、東京からこっちに転校してきたんだよ」


 そしておばあちゃんは語った。

 千秋は東京の学校に馴染むことができず、一年生の途中で転校してきたとのことだ。

 仕事のある両親を東京に残し、父親の実家であるこの駄菓子屋に引っ越してきたらしい。

 もしかして、千秋は東京の学校でイジメにあっていたのではないか。

 彼は引っ込み思案なところがあるし、そんなちょっとしたきっかけが、イジメに繋がったのかもわからない。

 現に千秋はトイレでヤンキーにからまれていた。

 ああいう輩はどこにでもいるのだ。

 東京でもつらい経験をしていたのだろう。

 そんな千秋だけは自分が絶対に守る、太郎はそう心に固く誓った。

 すると、おばあちゃんはいたずらっぽく笑みをこぼした。


「なら、まだあの秘密は知らないようだね」

「秘密って、なんのことですか?」

「なんでもないよ。ほら、上がんなさいさい」

「あ、それじゃ」


 と、会釈をし、太郎はひとまず千秋の部屋に向かった。

 おばちゃんの言う秘密とは、18禁のエロゲーのことだろう。

 それならもう知っている。

 というか、千秋から借りたそのゲームで、太郎は夜な夜なシコシコしている。


「おーい、千秋――」


 そう呼びかけ、ドアをノックしようとしたところ、ドアが少しひらいていた。

 その隙間から室内を覗き込む。

 すると、千秋はベッドの上ですやすやと眠りに落ちていた。

 起こすのも悪いかなと思い、太郎はそ~っとドアを開け、室内に忍び込んだ。

 そして、ベッドに近づき、千秋の顔をシゲシゲと覗き込む。

 この変質者のような行動に深い意味はない。

 ただ、友だちが寝ているので、その寝顔を拝見しているだけである。


「むにゃむにゃ……」


 千秋は子猫のように寝息を立てている。

 普段は黒ぶちメガネをかけているのだが、それは外されていた。

 こうして見ると、印象がかなり変わる。

 黒ぶちメガネひとつでオタク男子だったのに、今はボーイッシュ系の美少女そのものだ。

 白い肌はツルンとしていて、ピンク色の唇もプルンとしている。

 これを売りにユーチューバーに転身すれば、広告収入をガッポリ稼げるのではないか。


「むにゃむにゃ……」


 千秋は寝返りを打った。

 その拍子にシーツがめくれ、Tシャツも胸のあたりまでめくれ上がっていた。

 なんと、今日もブラジャーを着用している。

 むろん、男なので胸の膨らみはない。

 それでも千秋は己の趣味をつらぬき、ブラジャーを習慣的に着用しているのだ。

 太郞ですら、ひとみのお宝パンツを履くのは週三回。

 上には上がいるのだと、太郞はある意味で感服の念を抱いた。


「むにゃむにゃ……」


 寝相の悪い子猫ちゃんは、シーツを足で取り払った。

 下半身に着けているのはパンツ一枚。

 しかし、太郞はそれ見て敗北感に打ちのめされた。

 なんと、千秋はパンツまで、女もののパンツを着用しているのだ。

 著しく面積の狭い白いパンツ、その股間上部にひっそりと装飾された、赤い結び目。

 これは紛れもなく女性用下着である。

 そこで太郞は妙な違和感を覚えた。

 おかしなことに、股間の膨らみがない。

 胸の膨らみがないのは当然として、チンコの膨らみがないのはあまりにも不自然だ。

 太郞は試しにツンツンしてみることにした。

 ナメコのようなアレが、巨大マツタケに変貌を遂げるかもわからない。

 ツンツン。

 指先でツンツンしてみたのだが、とくに変化は見られない。

 それどころか、精密ネジほどの大きさも感じられなかった。

 さすがにこれはおかしいと思い、太郞はガバッとパンツを両手でずり下げた。

 次の瞬間――。


「きゃあッ! ちょ、ちょっと太郞君! なにしてるの!」


 千秋が目を覚ました。

 そして彼――いや、彼女は、上体だけを起こしてシーツで体を覆い隠した。

 そう、太郞は見たのだ。

 千秋の股間にキノコがついていなかったことを。

 

「ち、千秋……これ、どういうことだよ……」


 さすがに太郞も驚きを隠せない。

 昨日まで男だと思っていた友だちが、日をまたいで女になってしまったのだ。

 いや、千秋は元から女だったのだ。

 すると彼女は、悲しげに視線を落として口をひらいた。


「黙っててごめんね……。僕、本当は女の子だったんだ……」

「なんで……男の振りなんてしてたんだ……?」

「前の学校ではそうじゃなかった……。女の子として学校に通ってた……。でも、僕の趣味がバレたのがきっかけで、イジメがはじまったんだ……」


 千秋はすっと本棚に視線を移した。

 エロ関連がズラリと陳列された本棚だ。


「女なのにこんな趣味があるんだもん、イジメられて当然だよね……。だから僕は、こっちの学校では男の子の振りをしようって決めたんだ……。そうすれば、もうイジメられることはないと思ったから……」

「女がエロゲーやったり、エッチなラノベ読んだり、エロアニメ見たって、全然いいじゃん! なんもおかしなことじゃねーよ!」


 太郞はまるで自分のことにように憤りを募らせた。

 千秋はなにも悪くはない。

 人の趣味を偏見でしか見ることのできない、イジメる側が悪いに決まっているのだ。


「でもね、太郞君……。それをおかしいと思う人もいるんだよ……。それが運悪く、クラスのリーダー的存在の女の子だったんだ……。その子を筆頭に、僕はさんざんイジメられた……。毎日のように悪口を言われて、毎日のように私物を隠されて、トイレで暴力を受けたこともあったんだ……」

「先生に相談しなかったのかよ! 先生ならなんとかしてくれるだろ!」


 すると、千秋は小さく首を左右に振った。


「僕にはそれができなかった……。だって、チクっただの言われて、またイジメられるに決まってるもん……。だから僕は両親にお願いして、おばあちゃんのいるこっちの学校に転校することにしたんだ……」


 太郞はもう、自分の感情をぶつけることができなかった。

 千秋が受けた心の傷は、千秋本人にしかわからない。

 その彼女が最終的に下した答えが、転校してすべてをリセットすることだったのだ。

 それに、今さら過去をほじくり返したところで、どうにかなるわけでもないだろう。


「太郞君、僕が女の子だってこと、秘密にしてくれる?」


 千秋はつぶらな瞳に涙を浮かべ、くったくのない笑顔を見せつけた。

 太郞はそれを受け、力強くうなずき自身の胸をポンと叩く。


「あたりまえだ。この秘密は墓場まで持っていくぜ」

「太郞君は死んだら天国に行くの? それとも地獄?」

「え~と、俺の場合はどうなるのかな……って、なんでそんなこと訊くんだ?」

「だって、太郞君は閻魔大王の息子なんだよね? 悪い人じゃなくても、天国に行くのはおかしいかなって思って」


 千秋はプッと吹き出した。

 そこで太郞は気がついた。

 自身の素性は、千秋に打ち明けてはいない。

 親友なので隠す必要はないが、面と向かってそれを口にする機会もなかった。

 それなのに、千秋は自分の秘密を知っている。


「なあ千秋、なんで俺が閻魔大王の息子ってわかったんだ?」

「旭山さんが教えてくれたんだ」

「氷華だったのか。あいつ、俺の知らないところでペラペラしゃべりやがって」

「これで秘密はお互い様だね。でも、今度僕のパンツを脱がしたら、太郞君の秘密をみんなにバラしちゃうから。べえー!」


 千秋は漫画のように両目をバッテンに閉じ、憎たらしいほど大きく舌を出した。

 そんな彼女の愛らしい姿を見て、太郞はキュンと股間がときめいた。

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