第21話 お兄ちゃん、大好きニャン! 一緒に風呂入ろうニャン!

 ここ最近、太郎と氷華の関係はギクシャクしていた。

 太郎としては、氷華と付き合いたいと思っている。

 理由はどうあれ、初めてキスをした相手だし、夜な夜な彼女のことを考えると、胸と股間がキュンキュンする。

 これは恋で間違いがない。

 だが、変態のレッテルを貼られたままなので、なかなかお近づきになれない状況だ。

 それに、氷華にも念願の友だちがようやくできた。

 同じクラスの女子生徒で、よく二人で遊びに出かけている。

 そんな理由もあり、氷華との距離が思うように縮まらない。

 その反面、ひとみとの距離はぐっと縮まった。


「太郞、なにをぼけ~っと考えているのだ?」

「いえ、なんでもないです……」


 太郞はひとみの家に遊びにきていた。

 というより、ひとみに呼ばれたのだ。

 近ごろは、用もないのにちょくちょく電話がかかってくる。

 ひとみとしては、婚姻の契約についての責任を感じているらしい。

 太郎も養豚場の豚とキスはしていないので、彼女との契約は結ばれたままとなっていた。

 そんなひとみは髪を黒く染めている。

 そのせいもあってか、髪の色でギャーギャーパニックになることもなかった。

 それはさておき、太郎は暇を持て余していた。

 ひとみの家に遊びに来ても、彼女はいつも小難しい本ばかり読んでいる。

 現に今も、勉強机に座って古事記の原文を読んでいる。

 北は北海道から南は沖縄まで、古事記の原文を読むJKはそういないだろう。

 これなら自分はいなくてもいいようなものだが、帰ってもいいですか、とも言いにくい。

 だから太郎は一人でアニメでも見ることにした。


「生徒会長、アニメ見てもいいですか?」

「アニメだと?」


 ひとみはチラリと太郞に視線を向けた。

 ローテーブルの前に座る太郎は、DVDのケースをひょいと持ち上げる。


「このアニメ、ここに来る途中、千秋の家で借りたんですよね。あ、千秋っていうのは、俺のクラスの友だちのことなんですけど」

「好きにしろ」


 ひとみはアニメに興味がないのか、プイッと古事記に目を戻した。

 そんな彼女をよそに、太郎はテレビの前でアニメ鑑賞を開始する。


『お兄ちゃん、一緒にお風呂入ろ!』

『サ、サツキ! いきなり入ってくるなよ!』

『だって、お兄ちゃんとお風呂入りたいんだもん!』

『サツキはもう中学生じゃないか!』

『いいの! お兄ちゃんが大好きだから、そんなこと関係ないもん!』


 主人公の入浴中、妹が全裸で乱入してくるという、サービスシーンがはじまった。

 これは18禁のアニメではない。

 一応、謎の光が差し込んでいる。

 そしてアニメでは、献身的な妹が主人公の体を洗いはじめた。


『お兄ちゃん、こっちも洗ってあげるね!』

『サ、サツキ……そこは俺のエクスカリバー……』

『お兄ちゃんのエクスカリバー、どんどん大きくなってるよ!』

『も、もうダメ……もう限界だ……ハウッ!』


 とまあ、こんなアニメである。

 太郎としては慣れっこなので、平然とテレビ画面を見続けていた。

 すると――。

 ひとみは顔を真っ赤にし、古事記をぶん投げイスから立ち上がる。


「た、太郞! なんだその変態アニメは!」

「そんな変態でもないですよ? 深夜なら地上波でもギリギリ放送できると思いますけど」

「バカを言うな! 深夜であろうがこんな変態アニメが地上波で放送されてたまるか! そもそも兄妹でこんな破廉恥な行為が許されるはずがない!」

「俺に言われてもわかりませんよ。だって俺、一人っ子で妹なんかいないんですから」


 太郎はあぐらをかいたまま、寂し気に窓の外を眺めた。

 本当は妹がほしかった。

 それが双子ならなおのことよし。

 しかし、この百八年間、自分はずっと一人っ子として育てられたのだ。

 両親はもう子作りをする気がないのか、それとも年齢的にアウトなのか、それは太郎にもからない。

 いずれにせよ、自分は兄にはなれなかった。

 この心にぽっかりと空いたような焦燥感は、一生消えることはないだろう。


「た、太郎は……妹がほしいのか……?」

「ほしいけど、もういいんです。俺が望んで叶うような夢じゃないですから」


 太郎はどこか遠くを見るような目で空を眺めていた。

 その空には、想像上の妹の笑顔が映し出されている。


「わ、私が……妹のマネをしてやらんでもない……」

「マジっすか!? 本当にいいんですか!?」


 よもやのセリフに太郎はひとみに振り向いた。

 そんな彼女は、ワンピースの裾を両手でこねくり回し、顔からポッポと湯気を立てている。


「い、一度だけだぞ……ほんのちょっとだけだぞ……」

「それでもかまいません! お願いします!」

「わ、わかった……」


 すると、ひとみは太郎の前で女の子座りをした。

 そして、うつむいた顔を上げ――。


「お兄ちゃん、大好きニャン! 一緒に風呂入ろうニャン!」


 と、両の拳を軽くに握ってネコマネポーズを見せた。

 覚醒か――。

 と感嘆しつつ、太郎は「ワンモアプリーズ」と人差し指を立てる。


「お兄ちゃん、大好きニャン! 一緒に風呂入ろうニャン!」

「ワンモアプリーズ」

「お兄ちゃん、大好きニャン! 一緒に風呂入ろうニャン!」

「ワンモアプリーズ」

「お兄ちゃん、大好きニャン! 一緒に風呂入ろうニャン! って、調子に乗るのもたいがいにしろ! てか、百万回死んで地獄に堕ちろ!」

「フゴッ!」


 その後、太郎は三途の川を見るまでひとみにボコられた。

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