第20話 イタリアマフィア下っ端構成員、タケシ ※別視点
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満月がぽっかりと浮かんでいた。
まるでオオカミが遠吠えを上げるように、どこか遠くで犬の鳴き声がした。
辺りは陰鬱とした木立が生い茂り、少しひらけた場所に、古めかしい洋館が佇んでいる。
その一室に、安藤タケシがいた。
「タケシ、めぼしい女は見つかったのかしら?」
「はい、ボスにピッタリの女が見つかりました」
ボスはアンティーク調のソファに座り、バスローブ姿でワイングラスを傾けている。
軽くウェーブのかかった飴色の長い髪。
怪しげで誘惑的に輝くエメラルド色の瞳。
三十代に相応しく美を重ねた、豊満なボディ。
そんな彼女の名は赤峰ミランダ。
本場、イタリアのゴッドファーザーを父に持つ、新興マフィアの女ボスである。
タケシはそのファミリーに所属する下っぱ構成員だ。
「タケシ、その女はもちろんバージンなんでしょうね?」
「はいボス。それは間違いないかと」
タケシはボスにあることを命じられていた。
それは十代半ばの美しい女を見つけることだった。
ボスの理想はとても高い。
そこらにいる普通の女では、ボスが満足しないことをタケシは知っている。
そしてその獲物は、必ず処女でなければいけないのだ。
ボスがどんなプレイを好むのか、それはタケシにもわからない。
しかし、特別な趣味を持っているのは確かだろう。
「それはどんな女なのかしら?」
「名前は旭山氷華。十六歳でとてもかわいくて美人です。ボスも満足できるかと」
氷華はタケシの通う学校、桃色吐息学園の二年生だ。
見た目はかわいくて美人だが、孤立しているので彼氏がいないことは知っている。
唯一、彼女の近くにいるのは、ホニャララ太郎とかいうふざけた名前の転校生だ。
しかし、一緒の家に住んでいるようだし、彼氏彼女の関係ではないだろう。
そしてタケシは忘れない。
トイレでオタクをからかっているときに、あの太郎が現れた。
そのあいつに、ビンタ一発でのされてしまったのだ。
氷華を標的に選んだのは、奴への復讐も兼ねている。
身内を不幸に陥れることで、太郎自身にも不幸を存分に味わってもらうのだ。
「旭山氷華――もしかして、旭山組組長の娘なのかしら?」
「はいボス。問題はそこです。やはりまずかったですか?」
タケシの懸念はそこだった。
旭山氷華といえば、旭山組組長の一人娘、どんな大ごとになるかもわからない。
しかし、ヤクザの父親が溺愛しているので、彼女にたかるハエなど一匹もいなかった。
つまり、氷華は彼氏を一度も作ったことがなく、処女が確定しているのだ。
父親がヤクザという点を除けば、ボスが望む女であることに変わりはない。
「わたしを誰だと思っているの? 泣く子も黙る、赤峰ミランダ様とは、このわたしのことなのよ? 時代遅れの任侠ヤクザごときに、わたしが恐れると思っているのかしら?」
「はいボス。そのとおりでした。すみません」
タケシはボスの前で深々と頭を下げた。
自分が所属するこのファミリーは、麻薬の密売、売春の斡旋、違法な金貸し、振り込め詐欺など、ありとあらゆる犯罪で莫大な資金をかき集めている。
そんな組織を一手に束ねるボスが、旭山組ていどのヤクザに躊躇するわけがなかった。
「タケシ、よくやったわね」
ボスはソファから立ち上がり、タケシの頬を優しく撫でた。
この目だ。
この吸い込まれそうな目で見つめられると、心をうっとりと奪われてしまう。
ボスが人を殺せと言うのなら、なんのためらいもなく人を殺すことができるだろう。
それほどまでに、ボスは人を魅了する不思議な力を持っているのだ。
「タケシ、あなたはどんな褒美を望むのかしら? 遠慮せずに言ってごらんなさい?」
「褒美なんていりません。俺はボスの近くにいることできれば、それだけで満足なんです」
「いい子ね、タケシ。これからもわたしのために働いてちょうだいね」
ボスはそう言って、タケシの頬をじれったく指先をなぞった。
そして、タケシの頬を両手で包み込み、蛇と蛇が絡み合うような大人のキスをした。
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