第19話 移動する婚姻の証

 ラッキーアイテム(ひとみのパンツ)をゲットしてから三日後。

 太郎は午後の掃除を終わらせたのち、自室のミカン箱の前に座り、ノートパソコンで調べものをしていた。

 検索をかけているのは、『ひょっこりひょうたん島ラブストーリー』。

 ひとみから教えてもらった恋愛ドラマである。

 しかし、いくら検索をかけても、そのようなドラマは見つからない。

 しかたがないので、千秋から借りたエロゲーをプレイしようとしたところ――。


「ちょっと太郞! これ見て!」


 氷華が部屋に飛び込んできた。

 両親の突撃訪問、その日からろくに口もきいてくれなかったが、やけにフレンドリーな笑顔だ。

 そんな彼女は自身の髪の毛をつまみ上げ、太郞の前でそれを見せつけた。

 髪の色は真っ黒となっている。

 本来、婚姻の契約が結ばれたことにより、彼女の髪色は赤く変化していくはず。

 それなのに、毛が一本たりとも赤くなってはおらず、根元から毛先、そのすべてが、黒曜石のように艶やかな光沢を帯びていた。

 もしや――。

 太郎は思い出す。

 先日、ひとみの家を訪問したときのことだ。

 つい出来心でパンツを被ってしまい、その直後、ひとみがパンツに足を滑らせ、不慮の事故で彼女とキスをしてしまった。

 おそらく、そのキスが原因で、婚姻の契約がひとみに移行してしまったのだ。

 その結果、氷華の髪の色が元に戻ったものと思われる。

 しかし、氷華を前にして、ひとみとのキスは言いにくい。

 現状、三角関係とはまったく違うのだが、またいろいろと変な誤解を招くことになる。


「髪の色が元に戻ったってことは、婚姻の契約も無効になったってことよね?」

「たぶん……そうだと思うけど……」

「でも、どうして無効になったわけ?」

「ほかの人にキスをしたら、婚姻の契約がその人に移るんじゃないかな……」

「太郎! あんた誰とキスしたのよ!」


 間髪入れず氷華が柳眉を逆立てた。

 これまでの態度から察すると、嫉妬とは考えにくい。

 人の寝こみを襲ってキスをする変態のクズ、そう思われたのだろう。


「いや、その……誰というか……」


 太郎が返答に窮していると――。

 エクスプロージョン!

 と、爆裂魔法のフレーズでスマホの着信音が鳴った。

 着信相手は、生徒会長、と表示されている。

 ひとまず太郎は電話に出た。


『私だ! 神居だ!』


 耳がキンキンするほどの怒鳴り声。

 機嫌はすこぶる悪そうだ。


「ど、どうかしましたか……?」

『私の髪の色が、なぜだか赤く変わってしまったのだ! 画像を送るから今すぐ見ろ!』


 通話が切れた直後、メールで画像が送られてきた。

 その画像には、姿見にスマホのカメラを向けた、パジャマ姿のひとみが映し出されている。

 先日訪問したときと同じく、ポニーテールはほどかれた状態だ。

 そして、背中まで広がるその髪の色は、燃えるように赤かった。

 やはり婚姻の契約はひとみに移行していたのだ。


「あんたがキスした相手って、生徒会長だったの!? あたしと同じように、生徒会長の寝込みも襲ったわけ!? あんたって、ホント、変態のクズよね!」


 太郎の背後から、スマホを覗き込んだ氷華。

 彼女は目を三角にして侮蔑を吐き、太郎にビンタをかまして部屋を出ていった。


「俺がなにしたっていうんだよ……。俺、なんも悪いことしてねーだろ……」


 変態マスクマンも忘れ、そうふてくされていたところ――。

 ひとみから電話がかかってきた。


『私だ! 神居だ! 画像は見たか!』

「見ましたけど……」

『これはいったいどういうことだ! おまえが家に来た次の日から、私の髪がみるみる赤色に変わってしまったのだ! おまえが関係しているとしか思えん!』

「俺と婚姻の契約が結ばれたせいだと思いますけど……」

『な、なに!? どうして私がおまえの妻にならねばならんのだ!』

「俺とキスしたじゃないですか……。キスしたらそうなっちゃうんですよ……」

『あ、あ、あ、あれは、キスなのではない! 偶然、互いの唇が重なっただけなのだ!』

「偶然でもキスはキスですよ……。だから生徒会長の髪がそうなったんですから……」

『では旭山はどうなる! おまえは私と旭山、その両方を妻にめとろうというのか!』

「氷華は大丈夫ですよ……。髪の色はもう元に戻ったんで……」

『どうして旭山だけ災難を免れることができたのだ!』

「災難はひどいですよ……。それじゃまるで俺は台風みたいじゃないですか……」

『うるさい! いいから教えろ!』

「俺がほかの人にキスをすれば、その相手に婚姻の契約が移ると思いますけど……」

『なら豚としろ! 養豚場のメス豚とキスをしろ! 私はひとまず美容院で髪を染めてくる!』


 そこで通話が切れた。

 いろいろと物申したいところだが、責任の一端は太郎自身にもあるのだ。

 ひとみの家でパンツを被らなければ、このような事態を避けることはできた。

 とはいえ、お宝パンツをゲットできたので、結果オーライかもわからない。

 そうポジティブに捉えた太郎は、パソコンで検索をかけた。

 しかし、残念なことに、近くに養豚場は見つからなかった。

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