第15話 ワナビ

 太郞は授業中に考えていた。

 昨日、氷華とキスをし、その後、彼女から告白を受け、プロポーズまでされたことを。

 横目で氷華の顔をチラッと伺うと、平然とした表情で授業を受けている。

 あのあと、神社から二人で帰ってからも、とくに変わった様子は見られない。

 生霊の正体を知って激怒してはいたが、それ以外はいつもの氷華そのものだった。


「太郞、さっきからなにチラチラ見てんの?」

「いや……なんでもない……」


 氷華によそよそしい態度はこれっぽっちも見られない。

 まるで愛の告白そのものがなかったかのような振舞いだ。

 だからといって、自分からそれを問いただすこともできなかった。

 昨日、俺とキスしたよな? なんてセリフを、童貞の太郎が口にできるわけがないのだ。


「太郞、消しゴム貸して」

「お、おう……」


 消しゴムを手渡すと、氷華と指先が触れ合った。

 胸がキュンとなる。

 指がちょっと触れただけなのに、胸の奥から全身に熱いなにかが駆け巡る。

 これが恋というものなのだろうか。

 しかし、氷華がそれを自覚していないのであれば、迂闊な行動は取れない。

 最悪、自滅してバッドエンドを迎えることになるだろう。

 ギャルゲーを攻略するように、いかに物事がうまく進むのかを考え、最善のルートを選択しなければならないのだ。

 そこに授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 昼休みだ。


「さってと、生徒会長にお礼しなくちゃ」


 肩こりがすっかり治ったような顔をして、氷華は教室を出ていった。

 憑き物落としのお礼に、お昼をご馳走してあげるのだという。

 これはこれでいい傾向だ。

 人望の厚い生徒会長と一緒にいることで、氷華のイメージアップにも繋がる。


「太郞君、一緒に食べようよ」

「そうだな、飯にするか」


 千秋が机を横にくっつけ、二人分はあろうかという弁当を広げた。

 小柄なのに大食いだな、太郎がそう思っていたところ――。


「ちょっと作りすぎちゃった。太郎君、よかったら食べて」

「これ、おまえが作ったのか?」

「うん、おいしいかどうかはわらないけどね」


 千秋は肩をすくめてペロリと舌を出す。

 男のくせに乙女チックな行動ではあるが、料理好きの男が珍しいというわけではない。

 太郎はありがたく彼の手作り弁当を頂くことにした。

 そして、自分も弁当を広げる。

 すると今日の弁当は、ハートマークの人参がふんだんに散りばめられた、昨夜の残りのカレーライスだった。




 学校の帰り道。

 太郞は千秋の家に遊びにきていた。

 千秋の家は商店街に位置しており、駄菓子屋の店舗兼住宅の二階が、彼の自室となっている。

 そして、太郞の想像していたとおり、部屋全体がオタクのパラダイスと化していた。

 四方の壁を埋め尽くすアニメ関連のポスターはもちろんのこと、本棚には目を引くタイトルがズラリと並んでいる。

 ただ、千秋自身が言っていたように、ジャンルの九割方はエロに偏っていた。

 中にはバリバリの18禁も見受けられ、家宅捜査一歩手前の際どい室内だ。

 しかし、他人に迷惑をかけているわけではないので、太郞もとやかく言うつもりはない。

 むしろ足繁くここに通いたいぐらいだ。


「あ! これ、『JK陵辱恋物語』じゃん!」


 太郞はエロゲーのパッケージを本棚から手に取った。

 馴染みのあるタイトル名だが、自分が所有しているのは『JK陵辱恋物語2』。

 つまり、このシリーズものの第二作目である。

 そのエロゲーが閻魔大王に見つかり、こうして地獄から家出してきたのだ。


「太郞君もそのゲーム知ってるんだ」


 千秋は感心したようにパッケージを覗き込む。

 パッケージには亀甲縛りされた裸の女子高生が描かれている。


「俺が持ってるのは、これの2のほうなんだけどな」

「一作目はプレイしたことないの?」

「探したけど見つからなくてさ、しかたないから二作目を買ったんだよな」

「なら、それ貸してあげるよ」

「マジ? いいのかよ?」

「うん、いいよ。気になるのがあったら、好きなの持っていって」

「いや、やっぱいいや……。俺、父ちゃんにPCぶっ壊されたんだった……」


 太郞は落胆とともにパッケージを本棚に戻した。

 パソコンがなければ、このゲームをプレイすることはできない。

 志麻から小遣いをもらったものの、その金額では中古のパソコンを買うのも不可能だ。


「じゃあ、これ太郞君にあげるよ」


 すると千秋は押し入れからノートパソコンを取り出した。

 彼が言うには、型は古いがスペック的に問題はないそうだ。

 太郞は一気に心が弾んで瞳をキラキラと輝かす。


「いいのかよ、千秋! パソコンなんかもらちゃって!」

「うん、僕たち友だちじゃないか」

「ありがとう! 千秋!」


 太郞は頬ずりをするように千秋を抱き締めた。

 もうなんだか愛おしさを感じずにはいられない。

 千秋は顔を真っ赤にして照れているが、これが男同士の友情というもの。

 ノボルのウホンとはわけが違うのだ。

 そんなとき――。

 太郞はふと違和感を覚えた。

 千秋の背中に回した指先に、なにか引っかかりのようなものを感じる。

 肩甲骨の真ん中あたりだ。

 千秋は制服のシャツの下にTシャツを着込んでいるのだが、さらにその内側に、なにかを装着しているものと思われる。

 おそらく――。

 これはブラジャーだ。

 この指先に感じる引っかかりは、ブラジャーのホックなのだ。

 だが、人それぞれ、いろいろな形態の趣味を持つ。

 自分だってパンツを頭から被ったし、千秋がブラジャーを着けてもなんら不思議ではない。

 それでもまあ、大っぴらにできない秘め事なので、太郞は黙って見守ることにした。

 これが真の友情というものである。


「それより、千秋、ちょっとパソコン使ってもいい? 調べたいことがあるんだけど」

「うん、いいよ」

「サンキュ」


 千秋の了解を得て、太郞はデスクトップパソコンの前に腰を落とした。

 そして、自分の小説を掲載している、小説の投稿サイトのページをひらく。

 このサイトでは、読者からの評価付けによるランキング形式をとっている。

 ポイントが高い作品などは、書籍化されたりもするのだ。

 だが不幸なことに、太郞の書いた小説は、いつまで経ってもポイントが0のままだった。

 百万文字を超える大作なのに、ブックマークすら一件も入らないのだ。

 それでも、こうしてちょくちょくチェックしてしまうのは、底辺作者の悲しいさがである。


「え? マジかよ――」


 太郞は思わず声を漏らす。

 信じられないことに、ブックマークをしてくれた読者が二人もいる。

 その二人の読者は、感想欄にもコメントを残してくれていた。

 まず一人目、『ミコミコミッコミコ』さん、という読者のコメントに目を通す。


『男の願望を前面に押し出した、ハーレム設定については理解できるが、ヒロインの数を手当たり次第に増やしていくのはいかがなものか。せめてその数をもっと減らし、ヒロイン一人一人の背景を掘り下げ、読者が共感できるよう、物語を進めてもらいたい。しかしながら、所々の文脈には光るものを感じた。最新話の更新を期待している』


 少々、辛口のコメントのようだ。

 とはいえ、ご指摘を頂けることじたい、底辺作者にとっては涙ものである。

 次は二人目、『ガルゾウ』さん、という読者のコメントに目を通す。


『すごく面白かったです。ヒロインたちに囲まれる主人公に感情移入してしまい、まるで自分がハーレムを築いたかのような錯覚に陥りました。これからも執筆活動、頑張ってください。応援しています』


 ベタ褒めだ。

 人生、百八年目にして、かつてないほどの賛辞を頂いてしまった。

 雨の日も風の日も努力を怠らず、コツコツと投稿した我が子にも等しい作品が、ようやく大輪の花を咲かせたのだ。

 太郞は両手をグッと握り、アメーバーのように涙で瞳を歪ませた。


「じつはね太郞君……それ、僕が書いたコメントなんだ……」


 そこで千秋がさらなる衝撃の展開を口にした。


「これ、千秋だったのかよ! 読んでくれたんだ!」

「う、うん……とても面白かったよ……」


 千秋はボソボソとした声で下を向き、人差し指をこねくり回している。

 どこか本心を隠しているような、そんな気まずい表情にも見えるが、それは違う。

 自ら身バレしたことが恥ずかしくて、照れ隠しをしているだけなのだ。

 太郞にはそれがはっきりとわかった。


「ありがとう! 千秋!」


 そんな親友をもう一度強く抱き締め、太郞はおいおいと涙を流し続けた。

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