第12話 生徒会長

 放課後。

 太郞は千秋と共に図書館の閲覧席で向かい合い、アニメについて熱く語り合っていた。

 往年の名作はもちろんのこと、ライトノベルが原作のアニメ、地上波では絶対に放送できないエッチなアニメなど、あれやこれやとヒソヒソ声で談義を交わしている。

 氷華はというと、帰りのホームルームが終わる早々、ツンケンしながら下校した。

 休み時間に千秋と仲良く話していたので、それを見て機嫌を害したものと思われる。

 太郞も氷華との関係を早く修復したい。

 しかし、せっかくできた友だちとの付き合いも大切だ。

 手っ取り早いのは、氷華もオタク仲間に加わることではあるが、『ちっぱい』だの『乳袋』だの、専門用語が飛び交うだけに、彼女を引き入れることは容易ではない。

 なにかいい案が思い浮かぶまで、しばらく様子を見るほかはないだろう。


「そういえば、太郞君って旭山さんと友だちなの?」


 アニメ談義も終わったころ、千秋がそんな質問を投げかけた。

 むろん、『旭山』とは氷華の名字だ。


「友だちっていうか、わけあって氷華の家に居候させてもらってるんだよな」

「もしかして、太郞君もヤクザ……なの……?」


 千秋はその声色に恐怖心を滲ませた。

 まるでライオンに怯えるトムソンガゼルのような瞳になっている。


「違うって! 俺はヤクザじゃないって! 善良な一般市民だって!」


 太郞はガタガタと立ち上がり、死に物狂いで否定した。

 実際、自分はヤクザではないし、そうなりたいとも思わない。

 せっかくできた心の友を、ここで失うわけにはいかないのだ。

 すると千秋は、


「しっ」


 と、ぷっくらした唇に人差し指をあて、図書室のカウンターの方に目を通した。

 そこでは、鬼ババのような顔の図書委員がこちらを睨み付けている。

 太郞は鬼ババにひょいと頭を下げ、閲覧席に座り直した。

 幸い、ヤクザという疑いは晴れたらしく、千秋の瞳に怯えの色はもう見られない。


「でも、旭山さんはヤクザの組長の娘なんだよね? 太郞君は怖くないの?」

「氷華は怖い奴じゃないぞ? 神社で見たときはめちゃくちゃ怖かったけど」

「神社?」

「い、いや……なんでもない……」


 太郞はバツが悪そうにお茶を濁した。

 あのときの丑の刻参りはヤクザを超越し、もはや異次元の恐怖。

 そんな噂が広まれば、氷華は絶海の孤島に移住するほかはない。


「とりあえず、千秋が思ってるほど、氷華は怖い奴じゃないって」

「そうなんだ。旭山さんってもっと怖い人かと思ってた。噂とは違うんだね」

「噂? それってなんのことだ?」

「直接聞いたわけじゃないけど、こんな噂を耳にしたことがあるんだ」


 そして千秋は噂とやらを語った。

 噂その一。

 氷華が中学のとき、一人で他校に殴り込みをかけ、生徒の三十人が病院送りになった。

 噂その二。

 氷華をナンパした男が行方不明となり、数年後、山の中から白骨死体で発見された。

 噂その三。

 氷華の背中には、色鮮やかな女郎蜘蛛の入れ墨が彫られている。

 噂その四。

 氷華が校舎の屋上で、ウンコ座りしながらタバコを吸い、自分の腕に注射を打っていた。

 噂その五。

 氷華は『極妻』にゲスト出演している。

 以上が千秋の耳にした噂なのだが、どれも荒唐無稽なものばかりだった。

 噂というよりは、もう都市伝説のレベルだ。

 誰かがおもしろおかしく吹聴したのだろう。

 千秋もすべての噂を鵜呑みにしているわけではないと言っている。

 それでも、氷華の家庭環境は周知の事実、一般人とは違う目で見てしまうのだそうだ。


「困ったな~。本当は氷華も友だちがほしいんだよな~。なんかいい方法はないかな~」


 太郞は机の上に肘を置き、片手で顎を支えて考え込んだ。

 氷華が長年、孤独を積み上げたように、噂もまた、簡単には消えないほど広がってしまったのだ。

 氷華がトラック転生でもしない限り、この問題を解決するのは難しい。

 太郞がそう頭を悩ませていたところ、千秋はこんな提案を口にした。


「それなら太郞君、生徒会長に相談してみれば? 生徒会長は人望も厚いし、先生に相談するよりいいかもしれないよ」

「せ、生徒会長!?」


 太郞はハッと顔を上げ、己の瞳によこしまな光を宿した。

 生徒会長といえば、学園もののジャンルには欠かすことのできない存在だ。

 むしろ、ハーレム要員といっても過言ではないだろう。

 ただ、生徒会長という立場上、壁ドン一つでコロッと落ちるチョロインではない。

 律した環境にツンと身を置きながらも、ときおり見せるデレっとした乙女心。

 そう、ツンデレである。

 それが太郞の思い描く生徒会長の属性であり、自身もツンデレキャラが大好きだ。

 とはいえ、本題は氷華についての相談なので、一応、ゲスな下心は封印しておく。


「なら、生徒会長に相談してみるか。名前とか詳しいこと教えてもらえるかな?」

「三年の神居ひとみさん。生徒会室はこの図書室と同じ四階だよ」

「じゃあ、今からちょっと生徒会室に行ってみるか。千秋、サンキュな」


 太郞は親友に別れを告げて図書室をあとにした。

 そして、理科室、視聴覚室、と名札を順に探していくと、目的の場所はすぐに見つかった。

 廊下に窓が面する教室とは違い、生徒会室は開き戸一枚で隔てられている。

 コンコンとドアをノックする。


「入れ」


 するとぶっきらぼうな女性の声が返ってきた。

 このツンとした感じ。

 生徒会長で間違いないだろう。


「失礼しまーす」


 太郎はドアをひらき、中を伺うようにして声をかけた。

 室内は十畳ほどの広さだ。

 正面奥には、窓を背にしてスチールデスクが設けられている。

 そこに腕を組んで座る女子生徒、彼女が生徒会長であることに疑いの余地はない。

 その手前には、教室と同じ木製の机が四つ、空席で向い合わせとなっていた。

 ほかの役員はすでに帰宅したものと思われる。


「俺、二年B組の太郞っていいます。生徒会長にちょっと相談がありまして」

「知っている。昨日、転校してきた生徒だな。私が生徒会長の神居ひとみだ。そこに座れ」


 ひとみはデスクを立ち上がり、役員用の木製机に座り直した。

 太郎は言われたとおり、その向かいの席に腰を落とす。

 間近で見るとすごい美人だ。

 艶のある黒髪を後ろでまとめ、切れ長の瞳は威厳とおくゆかしさを兼ね備えている。

 鼻梁はすーっと伸びていて、桜色の唇は薄い。

 まるで日本人形を見ているかのような、麗しい顔立ちをそこに映し出していた。

 おっぱいもほどよい膨らみがあり、飽きのこないナイスなバストサイズである。

 こんな美人がデレでもしたら、世の男は三秒とかからず悩殺だ。

 そんなオタク目線の評価はどうでもいいとして、太郎はひとみの言葉が気になった。


「ところで生徒会長、俺のこと知ってるんですか?」

「おまえはすでに学校の有名人物だ。とんでもない自己紹介をしたと噂になっているぞ」

「いや~、お恥ずかしい限りで……」


 太郎は頭をさすって頬をポッと赤らめた。

 気の強そうな生徒会長にそう言われると、なんだか誉め言葉に聞こえて心地よい。


「相談とはそのことか?」

「いえ、俺が相談したかったのは、氷華――旭山氷華のことだったんです」

「旭山氷華といえば、旭山組組長の娘だったな。それがどうかしたのか?」


 その質問を受けて、太郞は事の経緯を詳しく口にした。

 つまり、氷華の孤立をなんとかしたいという話である。

 一応、居候していることも伝えたので、氷華との関係性に不自然な点はない。

 するとひとみは、腕と足を組み、毅然とした口調でこう綴った。


「旭山が孤立していることは私も知っている。しかし、それは集団で無視をするといった陰湿なイジメとは本質が異なる。なぜなら、一般市民にとってヤクザは怖いのだ。そして、ヤクザは社会のはみ出し者なのだ。政府が暴力団対策法を掲げるように、生徒もまた、自ら防衛策を講じて身を守っている。それのなにがいけないというのだ?」

「でも……氷華はヤクザじゃないし……」

「それはわかっている。だが、これは旭山自身の問題ではないのだ。彼女にいくら害がなくとも、あの旭山厳鉄というイカれた父親がいる限り、世間の目はそう簡単には変えられん」

「生徒会長は、氷華の父親を知ってるんですか?」

「知っているもなにも、ちょくちょくこの学校に来ているぞ。校門に隠れるようにして、じ~っと二年Bの教室を眺めているのだ。気持ち悪いったらありゃしない」


 二年B組、その窓際最後尾が氷華の席位置だ。

 娘を溺愛するあまり、ストーカーのように授業風景を覗き見しているらしい。

 これではヤクザというよりガチの変質者だ。

 他の生徒が自主防衛に走るのもうなずける。

 ただ、このストーカー行為は学校側でも問題視し、教師がやめるよう忠告したようだ。

 しかし厳鉄は、『実の父親が保護者参観してなにが悪い!』と、持論を展開して大暴れしたそうである。

 太郞はそれを聞き、氷華自身の問題ではない、ということを骨身にしみて理解した。


「生徒会長に相談するだけ無駄でしたか。ま、こればっかりは仕方ないですよね」

「いや、私もこうして相談を受けた以上、なんらかの解決方法を模索してみよう」

「マジッすか!? ありがとうございます!」


 太郞は落胆した表情をパッと変え、声高に大きく頭を下げた。

 千秋の言っていたとおり、頼りになる生徒会長だ。

 折を見て、黒歴史についても相談したほうがいいかもわからない。

 すると――。


「ところで、おまえは人間なのか?」


 ひとみは目を細め、太郞の頭から下へと視線を這わせた。

 そして彼女は太郞の瞳に焦点を戻し、よりいっそう疑心の色をその顔に浮かべた。


「あやかし――いや、違うな。八百万の神とも違う。どちらかといえば悪鬼に近い気もするが、それも違う。しかし格はそのどれよりも高い。日本神話に登場する神にも似た格式を持っている。おまえはいったい、なに者だ?」

「い、いや……俺はただのしがない人間です……」


 太郞は額に冷や汗をダラダラと流し、体をギュッと縮めてはぐらかす。

 安住の地、この人間界で暮らすためには、自身の素性を隠さなければならないのだ。

 というか、勘が鋭いにもほどがある。

 霊能力のある人間もいるだろうが、生徒会長の眼力はまるで鑑定魔法のように正確だ。

 トラック転生の経験があるのではなかろうか。


「ふん、まあいい。旭山のことは追って連絡する」

「わ、わかりました……」


 ひとみは太郞の想像の斜め上をいく人物だった。

 ひとまず太郞は彼女とスマホの番号を交換し、逃げるようにして生徒会室をあとにした。

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