第11話 初友だちゲット

 翌日、太郎は気を取り直して登校したのだが、現状は昨日となにも変わらなかった。

 おはよう、と声をかけても誰も相手にしてくれず、休み時間は独りぼっちだ。

 それに氷華とは気まずい空気が流れており、なかなか話すきっかけが見つからない。

 関係修復には少し時間がかかるかもしれないが、あまり深刻に考える必要はないだろう。

 とりあえず今は昼休み、便所飯の時間だ。

 太郎は一人寂しくトイレに向かい、個室の中で弁当を広げた。

 そして、『TAROU LOVE』と海苔で描かれた、菊代ばあさんの手作り弁当を食べていたところ――。


「キメーんだよ、このオタク」


 個室のドアの向こうから、男子生徒の声が響き渡った。

 オタクをからかうような、なんとも不快なトーンである。

 太郎はなにごとかと思い、懸垂をしてドアの上部から頭を覗かせた。

 するとそこには、制服を着崩した素行の悪そうな金髪ヤンキーがいた。

 そのヤンキーは、黒ぶちメガネをかけた小柄な男子生徒にからんでいる。

 太郎はその男子生徒を知っていた。

 自分の隣の席に座る生徒で、オタクオーラを発していたのでよく覚えている。

 自己紹介のときには、この生徒だけが共感めいた眼差しを向けていた。

 彼となら友だちになれると思っていたのだが、休み時間はいつもどこかへ行ってしまう。

 だから今まで話す機会が持てなかったのだ。

 金髪キツネ顔のヤンキーには見覚えがない。

 ほかのクラスの生徒だろう。


「なんだよ? おまえこんな本読んでるのかよ? マジキモすぎっしょ」


 ヤンキーは文庫本を片手で広げ、オタク生徒の前でヒラヒラさせている。

 ページにはエッチな挿絵が描かれているので、そっち系のライトノベルかと思われた。


「こんなもん見てシコってるから、オタクって言われるんだよ」


 ヤンキーは文庫本を床に落とし、それを足でガシガシと踏みつける。

 文庫本はグシャグシャに破損し、便所の紙にもならない有様だ。

 かたやオタク生徒に抵抗の姿勢は見られない。

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、ただじっとうつむいているだけだった。

 太郞はもう我慢ができなかった。

 自分もエッチ系のライトノベルを読んでいるし、挿絵をオカズにシコシコやっている。

 ネットに掲載する自作の小説にだって、そのような描写をふんだんに盛り込んでいる。

 幸い、ブックマーク0の底辺作者のためか、運営から警告を頂いたことはないのだが、それはいいとして、男にとってエロは正義なのだ。

 その正義を汚されたとあっては、黙って見過ごせるはずもなかった。


「おまえなにしてんだよ!」


 太郎は荒々しくドアを開けてヤンキーに詰め寄った。

 するとヤンキーは、「あん?」と一言、不快な表情で眉を吊り上げる。


「この生徒に謝れ! おまえが踏みつけたラノベのヒロインに謝れ!」

「テメーもこのオタクのお仲間かよ? キンモー、萌え豚キンモー」


 ヤンキーは謝るどころか、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべて侮蔑の言葉を口にした。

 そして、追い打ちをかけるように文庫分に唾を吐きかける。

 その舐め腐った態度を目にし、太郎は堪忍袋の緒がプッツン切れた。


「おまえ! ふざけるなよ!」


 太郎はヤンキーの頬へビンタを打ち放つ。

 その衝撃でヤンキーは吹っ飛び、背中からトイレの壁に叩きつけられた。

 完全復活していないとはいえ、太郎の力は常人のそれを遥かに上回る。

 見掛け倒しのヤンキーなど、赤子の手をひねるようにビンタ一発でKOだ。


「テ、テメー……やりやがったな……」


 ヤンキーはトイレの床に尻をつき、苦悶の表情とともに悪態をつく。

 もう一発お見舞いしてやりたいところだが、入学早々暴力事件など起こしたくはない。

 それにヤンキーも力の差を痛感したはず。

 あとは脅しをかけるだけでじゅうぶんだ。


「謝る気がないなら今すぐここから消え失せろ。そして、このメガネの生徒に二度と手を出すな。だけど忠告しておくぞ。もしまたちょっかい出したら、おまえの家にエロ本とオナホを送りつけてやるからな。それもおまえの宛名で。わかってると思うが、母親ってもんはそういう怪しい荷物に敏感だ。おまえが荷物を開封するよりもまず先に、おまえの母ちゃんが荷物を開封することになる。それが嫌なら、その脳ミソすっからかんの頭に俺の忠告を叩き込んでおけ」


 太郎は拳をボキボキと鳴らし、実体験を元にした脅しをかけた。

 もう一度言う。

 実体験だ。

 あのときは母の万寿にリアルに殺されかけた。

 それ以降、ネット通販でエログッズは買わないよう心掛けている。

 ちなみに、商品の購入先はア〇ゾンだ。

 どのような配送システムかは知らないが、地獄にも荷物が届くのでありがたい。


「お、覚えてやがれ! 俺にはすごいバックがついてるんだからな!」


 するとヤンキーは、お決まりの捨て台詞を吐いてトイレを出て行った。

 仮にバックが出てきたとしても、相手はどうせただのチンピラだ。

 なにも恐れることはない。

 太郎が本当に怖いのは自分の母ちゃんだけである。


「あの……助けてくれてありがとう……」


 今なお怯えた様子で礼を口にする、メガネの男子生徒。

 彼は太郎の胸元から上向き、そのパッチリとした瞳にウルウルと涙を蓄えていた。


「大丈夫だったか? ケガとかなかったか?」

「うん……」

「そういや、俺の隣の席だよな? 名前なんて言うんだ?」

「千秋……永山千秋だよ……」

「千秋はなんでヤンキーにからまれてたんだ?」

「じつは……」


 千秋はそう言って、グシャグシャになった文庫本に視線を落とした。

 そして彼は涙ぐみなら事の経緯を語った。

 千秋は太郎君と同じく、アニメやライトノベル、ゲームのオタクであり、学校ではそれを秘密にしていたという。

 秘密にしていた理由は、ジャンルがエロに傾倒していたからだ。

 エッチなアニメ、エッチなライトノベル、エッチなゲーム、それらを趣味と公言できるはずもなく、気の合う友だちは一人もいなかったらしい。

 それでも、秘密が守られている限り、千秋の学校生活は平穏そのものだった。

 しかし、今日、その秘密が露見した。

 登校途中で先ほどのヤンキーとぶつかり、カバンの中身をぶちまけてしまったのだ。

 そのとき、ヤンキーに文庫本を取り上げられ、昼休みに呼び出しを食らったという。


「なるほどな。そういう事情があったわけか」

「学校に私物を持ち込んだ僕が悪いんだけどね……」

「いいじゃん。小説持ってくるぐらい。活字を読むことも勉強のひとつだって」

「でも、これ18禁のラノベだし……」


 千秋は気まずそうにして文庫分を指差した。


「高校生が18禁はまずかったな。俺が閻魔大王ならおまえは地獄行きだ」

「太郎君っておもしろい人だね」


 千秋は口元に手をあてプッと吹き出した。

 太郎も釣られて笑い、二人の間にどこか親密な空気が流れ出す。


「そういえば太郞君、自己紹介すごかったね。自分の趣味をあんなにはっきり公言するなんて、なかなかできることじゃないよ」

「黒歴史に終わっちゃったけどな。こんなことなら、宇宙人、未来人、異世界人、超能力、俺んとこに来い、とか、そんな感じの自己紹介にしたほうがよかったかな」

「それも黒歴史に終わると思うよ」

「どのみち俺は黒歴史に終わったってわけだ」


 千秋はもう一度吹き出し、太郎は苦笑して眉の横をかく。

 すると、千秋はモジモジした様子でこう切り出した。


「太郎君……もしよかったら、僕と友だちになってくれないかな……?」


 むろん、それを断る理由などなにひとつない。


「俺のほうこそぜひ友だちになってくれ! 千秋、これからもよろしくな!」


 太郎は燦々と太陽のような笑顔を浮かべ、千秋と両手で握手を交わした。

 詰みかけた学校生活に、希望の光が灯された瞬間である。

 こうして太郞は、念願の初友だちをゲットした。

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