第7話 学園ハーレムエロワッショイ

 カラスがカアカアと山へ帰る夕刻時。

 太郞が小坊主のように玄関先をホウキで掃いていたところ――。


「おい太郞、姐(あね)さんが呼んでるぞ。リビングにいるから早く行け」


 この家に同居する下っ端の組員が、威圧的な態度で声をかけてきた。

 彼が口にしたように、ほかの組員も志麻のことを『姐さん』と呼んでいる。

 ひとまずリビングに向かうと、志麻はソファに座ってニコニコと笑顔を浮かべていた。

 菊代ばあさんのパンツの件で怒られるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 太郞はほっと胸を撫で下ろし、テーブルを挟んだ向かいのソファに腰を落とした。

 ちなみに氷華はまだ学校から帰っておらず、厳鉄もどこかへ出かけている。


「太郞君、はいこれ」


 志麻はおもむろにご祝儀袋をテーブルの上に差し出した。

 太郞は「へ?」と目を丸め、ご祝儀袋と彼女を交互に見やる。


「朝から晩まで働いてるんだもの、お小遣いぐらいあげないとね」

「い、いいんですか! 本当にもらちゃっていいんですか!」


 太郞はご祝儀袋に食らいつく勢いで身を乗り出した。

 こういった形で小遣いをもらうのは人生初である。

 実家で小遣いをもらう場合は申告制であり、ゲームなどの購入目的は却下されるのだ。

 だからこそ太郞は、参考書や広辞苑を買うと嘘をつき、親から小遣いをせしめていた。

 パソコン代を申告したときは、ノート三冊分の利用計画書を提出したのを覚えている。


「これからも毎月お小遣いをあげるけど、うちの人には内緒よ?」

「は、ははあッ!!」


 太郞はお大臣様に平伏するかのようにしてご祝儀袋を受け取った。

 ペラペラに薄いご祝儀袋だが、中身が千円だとしてもありがたい。

 千円あればエロ本が買える。


「そういえば太郞君、地獄から家出してきたんですって?」

「は、はあ……ちょっと親とケンカしちゃって……」


 氷華が打ち明けたのだろう。

 それにしても、それを素直に信じる志麻の懐の広さには、感服せざるを得ない。

 さすがお小遣いをポンとくれるお大臣様である。


「エッチなゲームがバレて、大事なパソコンまで壊されちゃったんでしょ?」

「ま、まあ……」


 氷華のお口はただ漏れであるらしい。

 だが、それは母と娘の信頼関係の証でもある。

 だから太郞は、氷華のおしゃべりについては口をつぐむことにした。


「それとね、太郞君も年ごろの男の子だし、このまま雑用ばかりさせるわけにはいかないと思うのよね。そこで提案があるの」

「提案って……もしかして鉄砲玉になれって言うんですか……? でも……さすがに人殺しはちょっと……。俺、一応閻魔大王の息子だし……」

「うちの組はそこまで野蛮じゃないわよ。提案っていうのは、学校に通ってみたらどうかなってこと」


 これは意外な展開だ。

 まさか学校に通うなどとは考えてもみなかった。

 だが、太郞は学校と聞いて胸がワクワクした。

 地獄には学校など存在しないし、自分は幼稚園にすら通ったことがないのだ。

 それだけに、学校生活というものに常日頃から憧れを抱いていた。

 出会い、友情、恋、ヒロイン、ハーレム、エロ。

 考えるだけでそのような単語が頭に思い浮かぶ。


「でも俺、戸籍とかないし、学校なんかに通うことができるんですか?」


 問題はそこだ。

 地獄で生まれ育った太郞に戸籍などはない。

 見た目の年齢をクリアしていても、いろいろな手続きで弊害が出るだろう。

 そんな太郞の心配をよそに、志麻はパチリと片目をつぶって人差し指を立てた。


「大丈夫。氷華の通う高校は私立だし、それに理事長はうちの人と同級生なの。だからなにかと融通は利くのよ」

「そうだったんですか。なら安心ですね。俺も学校で勉強してみたいと思ってたし」


 主にエッチな勉強である。

 とくに、ラッキースケベというものを体験してみたい。

 階段で女子とぶつかりパンツ丸見え。

 教室に入ると女子が体育の着替え中。

 プールの授業で女子の水着がポロリ。

 学校はラッキースケベの宝石箱だ。


「だけど、太郞君のお父さんとお母さんは心配してないかしら?」

「うちの両親なら大丈夫ですよ。二人ともいつも怒ってばっかだし、どうせ俺が死んだってなにも思わないはずですから」

「太郞君!」


 すると志麻はピシャリと声を張り上げた。

 そして彼女は諭すようにして話を続けた。


「いい、よく聞いて。自分の子どもが死んで、悲しまない親なんていないのよ? それに太郞君のご両親がどんなに厳しくても、それは愛する息子を想ってのことなの。人の道を踏み外さないよう、立派に成長してほしいだろうし、いずれは跡目を継いでほしいと思っているはずよ。だって、閻魔大王という大役を任せられるのは、息子の太郞君しかいないんですもの。だからね、少しはお父さんとお母さんの気持ちも考えてあげて」


 そう締めくくると、志麻は女神様のように優しく微笑んだ。

 そんな彼女の言葉に胸を打たれ、太郞はぐずりと鼻をすすった。

 正直、親の気持ちはまだよくわからない。

 閻魔大王になるという自覚も持ち合わせてはいない。

 それでも、ここまで親身になってくれる志麻へ対し、立派な大人になろうと思ったのは確かだ。

 なんだか志麻が本当の母親のような気がして、余計に涙が込み上げてくる。

 ちなみに、自身の素性を知り得ているのは、氷華と志麻のみ。

 鼻から信じていない厳鉄を除き、組の連中にはただの家出人と打ち明けている。


「じゃあ、太郞君。学校に通うってことでいい?」

「はい……ぜひ通わせてください……ぐずん……」

「あと、お小遣いでエッチな本なんか買っちゃダメよ?」

「は、はい……そこは重々承知しております……」


 感動の涙も束の間、太郞は絶望的なトーンで誓いを立てた。

 そしてご祝儀袋を手に、とぼとぼとリビングをあとにした。

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