第35話
「近日中にちょっとカレドニア王国との国境で何か起きそうなんだ。予備はあるが薬はあればあるほど良い。今日は疲れているだろうから明日から頼む」
リアムの言葉に目を丸くしているのはここに居る全員だった。
私以外の二人はすぐさま表情を改める。
「……リアム様、原因は?」
ロドニーさんが今までの雰囲気を一変させ、厳しい表情でリアムを見ていた。
「強力な魔物の群れだ。どうやら帝国領からカレドニア王国領の方へと進んで行ったらしい。しかもカレドニア王国領でより暴れたらしくてね、被害が甚大だそうだ。帝国側はそうでもないという情報が不自然にカレドニアに流布したらしく、魔物は帝国が故意にカレドニア王国へ放ったという事が、どうやらかの国では事実の様に思われているらしいな。おかげで帝国への悪感情が高まっている関係で、被害を受けた国境付近のカレドニア王国の人間が国の意思ではなく帝国の人間を既に襲っているらしい。これには流石に帝国としてもね……と言ったところだ」
リアムが苦笑と共に告げた話を聴いて、ロドニーさんは吐き捨てる様に言葉を発する。
表情も何もかも、今まで見ていた彼とは別人さながらで戸惑いの方が大きい。
「ふざけんなっての。絶対それカレドニア王国の裏にティレニア王国いるじゃん。小国のカレドニアが後ろ盾無しに帝国にんなことする度胸ねえよ。もしかすっとアウソニア王国やネーデルランド王国も噛んでるかもだけどよ」
私には初めて聞く単語が続出していて混乱中。
ロドニーさんの口調が何だか違うのにも驚いている。
何より彼から立ち上る空気とでも言えば良いのか、それが何だか落ち着かない。
「ルグドネンシス王国とアルバ王国までとなると面倒ね……」
メリンダさんも大きくため息を吐いていた。
やはり表情は厳しいものに変わっている。
「ああ。ミウは何が何だか分からないのにすまない。今名前が挙がった国はこの大陸にある国で帝国と国境を接しているものもいくつかあるんだ。カレドニア王国は帝国と国境を接している国の一つで小国だが、カレドニア王国は帝国以外にアウソニア王国とネーデルランド王国と国境を接している。要はカレドニア王国は帝国とアウソニア王国、ネーデルランド王国との緩衝材なんだ。元々今まで上げた国々も全て帝国領だったからね……おかげで同じ大陸の国々が発生した時から領土問題が深刻なんだよ。何かあればすぐ小競り合いだ。現在の皇帝になってからは顕著だね」
リアムの説明に肯きながら引っかかりも憶えた。
国々が発生とリアムは言う。
この場合建国ではなくて?
「ったくさー。今の皇帝は温過ぎんだよ。各国に舐められっぱなしじゃんさー。あいつ早く死ねば良いのに」
恐ろしく冷たい声と表情で言い切ったロドニーさんに目が瞬いた。
明るく元気な印象だったロドニーさんなのに、今までも確かに別人の様とは思ったけれど、この時の方が本当に背筋に冷たい汗が流れるくらいには何だか怖い。
「ロドニー。誰かに聞かれたら不敬罪で死ぬわよ。それから彼女が怖がるから本性ださない」
メリンダさんに窘められたロドニーさんは、キョトンと目を見開いていてから、ポンと手を打つ。
「つい、うっかり。ごめんなー」
軽い調子で言うロドニーさんに面喰いながらコクコクと肯いた。
また先程までの楽しそうな空気に安堵。
「現在の皇帝はちょっとね……私も陛下を付けるの忘れるくらいには国民に人気が無いの」
メリンダさんが苦笑と共に教えてくれたけど、疑問は消えない。
どうしてそんなに人気が無いのかな?
「現在の皇帝は平和主義という名の根性無しだからね。自らの国が馬鹿にされているというのに何もしない。だから各国が図に乗っているのが現状だ。これでは早々に帝国領が切り盗られるだろうね」
リアムは忌々しそうにため息を吐いた。
彼まで今まで見た事がない程には顔を顰めている。
「あいつさー、頭がお花畑じゃん。自分が攻撃しなけりゃ相手も何もしないとか本気で思ってんだよ。軍の予算減らすし。ほんっとうの阿呆。軍備を減らしていけば相手も安心するとか言ってやがんだよ。嫌だわー。本当に早く死ね。むしろ殺す。すぐ殺す」
ロドニーさんの目が座っている。
肌がヒリヒリする様な感覚を憶えて思わず彼から距離を取る。
「ロドニー。だから不敬罪で死ぬわよ。ついでに国家反逆罪に皇帝暗殺未遂まで追加されかねないから。それに彼女が怖がっていると言っているでしょう。あの皇帝を好き勝手に遊ばせているのは佞臣どもよ。諸悪の権現はそいつら。減った軍の予算、アイツらの懐の中。殺すならそっちもまとめてやりなさい」
メリンダさんまで段々表情が怖くなっていくものだから、私としてはどうしていいやら……
「落ち着け。皇帝がアレなのは早々に手を打つとして、現在気を付けるべきは――――」
「『救世の神徒』とかいう邪教よね」
リアムの言葉を遮り良い笑顔で続きを言ったのは、先程の女性の服装をした男性だった。
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