第36話
ゆったりした女性の服を着ながら、その男性は大きくため息を吐く。
「嫌になっちゃうわ。アイツ等がのさばっていると商売あがったりよ」
その言葉を聴いてロドニーさんがどんよりした瞳で女装の男性を刺す様に見る。
「何言ってんですかー! ノエル様はウェリタス教の枢機卿様でしょうが。商売なんですか、教会の高位聖職者は。嫌だ幻滅します。ウェリタス教信じるの止めます」
それにどうやら女装の美しい女性にしか見えない男性はノエル様というらしい。
……枢機卿って教会の中でもすっごく偉かったとどこかで聞いた覚えがある。
そうだ、食事の時にお父さんが言っていたはず。
こちらの世界でもそうかは分からないけど、確か宗教のトップである教皇の次に偉かった、と思う。
それで教皇を選ぶ資格がある……じゃなかったかな。
……高位聖職者とロドニーさんも言っていたし、こっちの世界でも偉いなんてもんじゃないと思うんだけど……何で女装してるのかが分からない……
「あらやだ! ロドニーったら異端審問を受けたいだなんて!! 異端審問官でもあるワタクシが直々に取り調べて、ア・ゲ・ル!」
テンションが爆上がりらしいノエル様にちょっと引いてしまう。
綺麗な方だけど、何が心の琴線に触れたかは謎だ。
「ギャー!! ノエル様がサディストの本性出したー!!! 信仰心だとか献身だとかじゃ全然無くて純粋な趣味で異端審問官未だに兼任してやってるの知ってんですからね、おれ」
ロドニーさんが話し始めの温度と話終わりは真逆の冷たさでシレッととんでもない情報をぶっこんで来たのは分かった。
……異端審問って何をするんだっけ?
サディストな人が純粋な趣味でやる事……
――――深く考えたらいけない気がした。
だからこのことは海より深く埋め込んで知らなかった事にしよう。
そう決意していると、ノエル様がコテンと可愛らしく首を傾げて私を見ていた。
「あら……何も知らないって話だったけれど、枢機卿はある程度知っていて異端審問は知らない……面白いわねえ」
思わずギョッとなって彼から距離をとった。
……まるで私の考えていた事が分かっている様な言動が気持ち悪いし……怖くて震える。
「ふーん。やっぱりあの娘とは全っ然まったく絶っ対に違うわねえ。ま、ワタクシにはどっちでも良いけれど」
興味を失ったように呟いたノエル様はメリンダさんへと視線を向けた。
その事にホッとして思わず息を吐いてしまう。
「ねえ、貴女も異端審問受けたくない感じかしら?」
どこまでも楽しそうなノエル様にメリンダさんは大きくため息を吐いた。
「異端審問を……それもよりによってノエル様直々の代物を受けたい方は、単に混じりけ無しの重度どころか取り返しのつかないマゾだけでしょう。もしくは究極のマゾであり自殺志願。それ以外だとしたら……自らの人体を欠損させる事と深度が手の付けられない傷めつけられることが性的な興奮となさっておられる方かと」
……純粋に怖いんですけど……
「それでどうしたんだ、ノエル。戻ったと思ったらまたすぐに引き返してくるとは……何かあったのか?」
リアムが喧騒の隙間を突くようにノエル様へと質問を投げかけた。
「んーそうっちゃそうなのよ。例の国境のゴタゴタに『救世の神徒』が噛んできたというかー最初っから嚙んでいたという。――――異端審問官派遣する?」
ノエル様は軽い調子でリアムに言っていたんだけど……それを聴いた途端ロドニーさんとメリンダさんが一瞬身体が強張ったのがわかってしまって困惑する。
……異端審問官? の派遣ってそんなに緊張するようなことなのかな?
リアムへと視線を向けても彼はノエルを見て腕を組みながらため息を一つ。
「誰を?」
端的にリアムが問いを発すると、ノエル様がニヤリと……その綺麗系の容貌からは考えもつかない位獰猛な笑みを浮かべた。
「誰だと思う?」
リアムは窓の外へと視線を一瞬向けてからまたノエル様へと視線を向ける。
「質問に質問で返すなといつも言っているだろう。……”ハロス”の誰かが適当だろうな」
それを聴いたノエル様はころころと転がる様な笑い声を零した。
「まあ! 皆殺しをお望み? ワタクシは”ハロス”の『波』が希望なのよ。……ダメ?」
皆殺しと聴いてビクッと震えた私をちらりとリアムは一瞥してからノエル様へと顔を向ける。
「悪いが『波』は駄目だ。『波』以外であれば『大蛇』が最適だ」
ノエル様は良い笑顔で肯いた。
まってましたとばかりに口を開く。
「流石~! そうよねえ、『大蛇』にしましょう。じゃ、ちょっと指示してくるから待ってて頂戴」
そう言い残すとノエル様は二階へと上がっていく。
不思議な事に足音一つしなかった。
「ノエル様ー! おれの部屋荒らさないでよー!!」
ロドニーさんが声をかけたのを受けてノエル様は呑気そうに答えた。
楽しそうなのが伝わってくる声だった。
「分かったわよー。エロい本隠しとくー」
目を瞬時に見開いたロドニーさんが叫ぶ。
座りきった瞳で。
「やったら男同士のエグイ春画脳内に送り込む!!!」
それにノエル様は悲鳴を上げる。
絶望が滲んだ声に首を傾げた。
「ギャー!! 悪かったわよ! しないしない!!!」
言い合っている二人にリアムが呆れた様な声をかけた。
「いい加減にしろ。時間が無いのだろうが」
今まで見た事のないリアムの冷めた眼差しに目を見開くしか出来なかったのが、何だか悔しい。
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