第34話

 どうにか買い物が終わり、ヘトヘトになりがなら私の仕事場兼住宅だと言われたところに戻ってきた時、閉めたばかりの道に面した扉が大きな音を立てて開いた。


「今日来るって言ってた……よ、な……?」


 茶色の髪に深緑の瞳のやんちゃそうなイケメンさんは固まっている。

 彼を見上げて私も固まっていた。



 しばし沈黙が流れる中、苦笑した声がドアを開けながら響いてきた。


「早速来たな。……メリンダは一緒じゃないのか?」


 リアムが相変わらずだなという雰囲気で話しかけているんだから、知り合い、なんだよね?


「あれ? 一緒に来たのに……って、おい、メリンダ! 何で後ろで溜息吐いているんだよ!?」


 やんちゃそうなイケメンさんは、パタパタと犬の尻尾が見える様な人だと思う。


「貴方ね……まだ店は開いてはいないんだから、ノックして許可をもらってからドアを開けるのが礼儀でしょう」


 そう言いながら入ってきたのは……嫉妬するのさえ馬鹿馬鹿しい程のスタイル抜群な焦げ茶色の髪に辛子色の瞳の美女だった。

 背も高くてどんな服でも似合いそう……


「リアム様。遅くなりました。こちらの可愛らしい方が?」


 その女性、えっとメリンダさんだったかな、彼女はリアムと私へ視線を向ける。


「ああ、そうだ」


 リアムは肯いてから私へと視線を向ける。


「ミウ、紹介する。そっちの犬がロドニー。こちらの女性はメリンダだ。これから仕事をする上で必要な存在だね。ロドニー、メリンダ、彼女がミウ。これから調合を任せる相手だ」


 リアムから紹介されたけれど、他に人が関わるとは思ってもみなかった私はビックリして固まってしまう。

 ……考えてみれば、私だけでという話は言われていない。

 


 それに家での様子を思い出した。

 親類にはそれこそ大病院を経営している人達も居たけど、家は入院施設も少数の診療所を代々経営していて。

 それでも看護師さんだって何人もいたし、薬局だってあった。

 薬草は貴重なのだと思うし、一人でというのは普通に無理だよね……

 レッドが経理とか役所対応とは言ってたけど、それだけな訳ないって気が付こう私……



 ――――大体この家、一人で住むには大きすぎると思ったんだ……


「リアム様!? 犬って何ですか! 犬って!! それはそうとして、よろしくなー」


 切り替えが早いのがロドニーさんだと憶えておこう。

 それとやっぱり尻尾と耳が幻で見える気がする。

 ……獣人っているのかな……?



 それよりもリアムがナチュラルに優しい笑顔のまま”犬”って言ったことに、今更気が付いて理解が追い付かないんだけど……


「リアム様、彼女が驚いていますよ。ああ、”犬”とは言ったけれど、そう見えるだけで本当に犬なわけじゃないから安心してね。よろしくお願いしますね、ミウさん」


 メリンダさんが眩しい笑顔と共に教えてくれたから一安心。

 ……一番驚いたのはそこじゃないんだけど、でもメリンダさんの優しさに感謝。


「よろしくお願いします。ミウと言います。何も知らないのでご指導よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げたら怪訝な顔をされて戸惑った。


「……あの、何か変でしたか?」


 ロドニーさんとメリンダさんが顔を見合わせた後、メリンダさんが口を開く。


「あまり簡単に頭を下げない方が良いですよ。身分が上の存在が相手なら分かりますが、平民同士でそう頭を下げていたら貴女が奴隷と思われかねません。気を付けた方が良いかと思います」


 言葉を選びながら教えてくれるメリンダさんに本当に感謝だ。

 知らなかったら大変だった。

 ……でも分かっていても日本人の性で頭を直ぐに下げそうで怖い……


「教えて下さってありがとうございます! 気を付けますね」


 お礼を言ったらメリンダさんは温かく微笑んだ。


「メリンダ、ミウは彼女も言っていた通り本当に知らない事が多いからこれから頼む」


 リアムはメリンダさんに優しい笑顔を向けながら言っているのを見ていると、不思議とこう……胸がチクチクする気がした。


「ミウ、レッドは通常は私の側に居て夜中にここの仕事を任せる事になる。ウィルは基本的に私の側を長く離れたりはしない。だからこの二人が護衛兼仕事仲間となるな。二人は主に材料の仕入れや出来上がった薬の搬出をすることになる」


 そう説明されて、胸が痛かったことに首を傾げながら肯いた。


「分かりました。それなら私は――――」


「調合に専念してくれると助かる」


 リアムが私の言葉を継いで優しく笑顔で言ってくれたことに心が戸惑って跳ねた。


「でもですね、薬草の調合はした事がありません……」


 自信が微塵も無いから声も自然と小さくなる。


「大丈夫だよ。難しくは無い。ただ私が必要としていたのがこの世界に利害関係がない人物である必要があったものだから、該当者がいなくて困っていたんだ」


 安心させるような温かな笑みのリアムに目が瞬いた。


「……利害関係が無い……?」


 恐る恐る聞いた私に、リアムは苦笑しながら教えてくれた。


「世界情勢的に薬草は必須なんだが……だからこそ利害関係が無い方が良いと思っていてね。ミウはこの世界の住人じゃないから自由なんだよ。利権諸々からね。大々的にすると他国が五月蠅くなる。場合によっては……非常に面倒な事態になりかねない。柵も無いミウは本当に理想的なんだよ」


 そこで言葉を切ったリアムは、優しく微笑みながら爆弾を落とした。

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