第32話
「元々治療院兼薬の調合を行っていた建物だったんだが、主が亡くなってね。私に話がきたんだ。探していた条件に合致する物件だったからね、即決だった。ただ此処を任せられる人物がなかなか……本当にミウに出会えて幸運だったよ」
家に見惚れている私にリアムは感慨深そうに教えてくれた。
「私の方こそ、リアムに助けてもらえて本当に幸運だと思います」
何度考えてもそうだ。
あそこでリアムに出逢えなければ、救ってもらえなければ死んでいた。
これは確信だ。
特別な能力も才能も技術も知識も無い。
言葉さえ通じない。
そんな人間は突然別の世界に放り出されて生きていけるとは到底思えない。
生きていけた場合は単に運が良かった。
それだけ。
――――私の様に。
だれかその世界の親切な人に助けてもらえなかったなら、出逢えなかったのなら……
生きていけたとしても奴隷が関の山。
死んだ方がマシな状況か、それとも死か。
それしかなかったんだと思う。
「そうそう、この裏庭の反対側に建物があるだろう? 建物の正面は道路に面している。大通りほどではないがなかなか賑やかな通りだよ。この周辺は治安も良いから、後で見て回りたいなら付き合う。基本的に壁の中は警吏が常に巡回しているから安全だ。ただ……帝都から出る場合、帝宮から真っ直ぐに続く第一大通りから壁の外へと続く正大門を利用する事を強くお勧めする。それ以外の大門から壁の外へと行く場合は西大門を選ぶか、必ず護衛を付ける事。ソキウスに護衛させた馬車なら安心だが……これが出来るのは最低でも騎士爵位持ちだったか……」
最後の方は独り言ちている様なリアムの言葉を聞き取ったら、疑問がいくつか。
悩んでいるリアムに訊くのは申し訳ないけど、でも聞かないと分からないから、勇気を出す。
「あの、リアム。どうして帝都から出る場合は正大門? から出た方が良いんですか? ソキウスって確か凄く貴重なんですよね。それで騎士爵? 以上の人じゃないと使っちゃいけない、とかですか?」
私が訊くと、リアムは苦笑しながら教えてくれた。
「帝都の他の門の周囲、壁の外側にはいわゆる貧民街が形成されているんだ。正大門のは外の周辺も警吏の巡回路だから、違法難民も入都税を払えない者も即座に帝都の近くから退去させれるんだが、流石にメインの門以外は最近難しくてね……異常に流浪民が増えているのが原因だ。西大門も警吏がしっかり巡回しているから安心度は高いな。ソキウスは……そうだな、騎士爵という身分以上でないと許可証無しには所持はおろか借りることも出来ない。……許可証がいるな。取っておくから心配はいらない」
肯きながらリアムは言うんだけど、許可証ってそんなに簡単に取れるのかな……?
……考えない方が良い気がする。
って、あ!
「リアム! 入都税って、この帝都に入る時に支払うものじゃ? 私払ってませんし、無断侵入になるんじゃ……」
怖くなって声が小さくなった。
「ああ、入都税はこの国の騎士爵以上は要らないんだ。仕える従族も。だから大丈夫。それ以外だと年度末に払う必要がある……住民税と所得税、事業税、固定資産税……上下水道税に魔石使用税か。言い忘れていたが、この建物の上下水道も魔道具も使えるから安心して欲しい。上下水道税と魔石使用税は使った分だけ払う仕組みだな」
……リアムって貴族じゃないって言ってたけど、身分は低くないよね、やっぱり……
それに税金だと思うんだけど、色々言われて混乱気味。
「年度末まで一年近くある。経理の方は……レッド」
リアムが呼んだ途端、昨日いつの間にか姿が見えなくなった、家精霊だという赤っぽい銀の髪で同色の瞳、十歳前後で年齢不詳な耳が尖った綺麗な子供の姿が目の前に現れた。
「税金関係含めて経理関係はこの子に任せて大丈夫だ。役所関係も。それから庭にある木はそれぞれ二本づつ林檎とサクランボと桃。後は芝生。裏口の両端に置いてある鉢にブルーベリー。どれも季節になれば食べられる。裏庭で何か他に聞きたい事は?」
広い裏庭は気持ちがいい風に吹かれてとても居心地が良さそう。
果物も嫌いなものがなくて一安心。
家精霊って税理士さんとか会計士さんみたいな資格もってるのかな。
私も何か資格取った方が良いんじゃ……
「ええと、私、何か資格って要りますか? 取った方が良いものとか?」
リアムは納得顔になってから一つ肯いた。
「そうだな。調べてみない事には何とも言えない。ミウ、昨日魔法の属性検査を要請した結果、今日の夜遅くならとの事だった。明日には戸籍も出来る手はずだ。属性検査の結果、取っておいた方が良い資格があるのならその時に検討しよう」
確かにそうだ。
調べてみてからじゃないと、私が何を出来るかが分からない。
「あ! ごめんなさい!! 家を見てみないとですよね」
リアムが最初の方で言った言葉をようやく思い出した私は、両開きの扉を慌てて開けて中へと入ろうとしたんだけど……
慌ててたから……扉があんまりにもすんなりと開いちゃったのも手伝い、つんのめって転びそうになった。
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