第31話

「この高さなら乗れると思うんだが、どうだろう?」


 どうみても小さくなって馬、それもサラブレッドくらいの大きさになっていて、荷物を括りつけられているウィルへと視線を一瞬向けてから、私を見るリアム。


「まだ大きい感じですけど、大丈夫だと思います」


 この高さならまだ何とかなりそうな気がする。

 気がするだけかもしれないけど。

 馬に乗った事なら数回はあった。

 だけど格好良く乗れたことは……

 一度もありませんでしたよ。

 一度もです。

 ……妹は一回目から素敵に乗りこなしていたけど……


「良かった。ウィル、伏せてくれるか?」


 リアムが言えばウィルはすぐさま伏せの体勢になってくれた。

 それでもまだ高さはあるけど、さっきの比じゃないくらい乗りやすい。

 ちょっと頑張ったら乗れると思う。

 さっきのは命がけと言ったら言い過ぎかもしれないけど、それレベルで難しかったと今なら思う。

 この高さと比べたら雲泥だよね……

 見栄は張るもんじゃないとつくづく思った。


「この方が乗りやすいだろう? 前の方に座ってくれ」


 悪戯っぽく笑みを浮かべたリアムにドギマギしながら、ウィルをよじ登って跨った。

 なんでも見透かされていそうで恥ずかしい……



 乗ってみて真っ先に思った。

 毛皮がフカフカ!

 青紫色の長めの毛だとは思ってたけど、これダッフルコートだ!!

 温かくてフワフワでふかふか……

 その上にツヤツヤ!!!

 シルクなんて目じゃない肌ざわりだ!!!

 いつまでだって触っていたい!



 そう思った瞬間、ウィルが急に立ち上がって落ちそうになる。


「気を付けて。ウィルは私以外に撫でられるのは好きじゃ無いから、無断で撫でたら振り落とされる」


 抱きとめてくれた、いつの間にか私の後ろに跨って座っていたリアムの存在と、その言葉に顔が赤くなったり青くなったりと信号機よりも高速何度も切り替わる。



 体温が体温で訳が分からない程大混乱していた。


「掴む分にはウィルは大丈夫だから。さあ、掴まって。出発する」


 リアムの温かだけれどしっかりとした声を聴いて、慌ててウィルへとしがみ付く。

 今度はウィルは静かに佇んでいるばかり。

 それを確認したリアムが、一言名前を読んだ。


「ウィル」


 それだけで全てが通じるんだろう。

 ウィルが滑空する。



 ……そう、滑空。



 森の上層部を滑らかに飛行していく。



 ――――ああ、空飛べるんだ……



 必死に掴まりながらの私の感想はそれだけ。

 他に何も考えられない。

 空飛ぶ狼……

 なけなしの常識が吹っ飛んでいくのを感じる。

 ただ無心に森を見ているしか出来ない。

 あれ程暗くて怖かった森を眼下に、あっという間に通り過ぎて行った。



 飛行機の速度と同じくらい出てるんじゃないかなというレベルで早い。

 それなのに私は寒さも飛ばされる様な風も感じてはいなかった。



 まるで何かに守られているみたいな印象。



 もう凄いなしか出てこない。




 どれくらいそうやって森の上を飛行してただろう。

 とても短かった気がする。

 良く視ていたアニメ映画を思い出していた。

 妹を探しに猫なバスに乗っている状態。



 もう本当に風。

 風になった様だった。



 乗りたい乗りたいと思っていた猫さんなバスではなく、嵐王狼という異世界の狼さんですが、願いが叶った様で感無量!



 そう思っている内にいつの間にか森から抜けて、農村地帯へと到達した様だった。

 今の季節が分からないけど、どうやら麦畑が延々と続いているように見える。



 村らしきものを過ぎ、町を飛び越え、川を渡ってたどり着いたのは、見た事が無い程高い壁。

 こんなに高い壁は観た事が無い。

 少なくとも十階建て以上のビルより高い。

 それらがどこまでも続いている光景。



 思わず見惚れて目を見開いていたんだけど、その壁さえ何でもない様に飛び越えるウィルには面喰う。

 ……無断侵入にならないのかな……


 硬直した私が分かったのか、ウィルは呆れたように一度小さく唸って更にスピードを上げる。



 そしてたどり着いたのは、壁で囲まれた巨大な都市の中心部付近。

 ウィルに乗っていたから分かるけど、この大都市はどうやら歪な円形。

 ただ一番立派な建物が建っていたのは山を背にした所。

 そこは円形から飛び出した形になっていた。

 私達が入ってきた方とは反対だろう所には、どうやら大河としか言えない大きな川が海へと流れている。

 円が歪になっているのは、そこが河口になっているからだ。

 山からみて前方が内海のようになってから、更に広い海に繋がっている。




 この大都市の建物は、古代ローマ風でありながら、世界遺産になっているヨーロッパの街並みの建築物風が混ざった様に感じる。

 キョロキョロとしながらウィルから降りた。



 広場かと思ったらどうやら目の前の建物の敷地で裏庭の様なモノらしい。

 その裏庭と他所の家の仕切り替わりとでも言えば良いのか、小川が流れているのが見えた。



 どうやら大都市だけど臭いは大丈夫そうだと、何度も周囲の臭いを嗅いでみてホッとしてた私の耳に、クスクスとリアムの笑い声が響いてきた。



 恥ずかしさに消えたくなった私を彼は優しく見てから、視線をとある建物へと動かして口を開く。


「此処がこれからミウの仕事場兼住宅になるところだ。ゆっくり見て回ると良い。分からない事は訊いてくれれば良いから」


 リアムの視線を追って目に飛び込んできたのは、おとぎ話に出てきそうな可愛らしい建物。

 しかも結構広い気がする。

 シェアハウスにしたら六人位住めそうだと思える広さな感じだ。

 焦げ茶色の屋根に薄い落ち着いたピンクの壁。

 窓も大きいし全体的に本当に可愛い。

 その一言しか出てこない。

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