第30話
グルグルごちゃごちゃしていた頭の中は、いつの間にか眠れたおかげでどうにか落ち着けた。
あれ程自分の言動一つで迷走してたのは、やっぱり疲れすぎていたからだ。
思ったよりもこのテントで眠れてホッとしていたのが改めて分かる。
今まではどこか緊張が取れずに頭も心も、勿論体も、休まるという事が無かったから、少し解れて余計に乱高下な精神状態になってしまったという事だと思う。
……なんと言ってテントから出て言ったら良いか、ちょっと、どころではないくらい悩んでいた。
髪も結い終えて、リアムからもらった髪飾りも装備完了。
だから行くだけ。
行くだけなんだけど、体はいう事を聞いてくれない。
でも早く動く予定だと言っていたんだから、よし、行――――
「ミウ、すまない、起きているだろうか?」
申し訳なさそうなリアムの声を聴いて、慌てて声を出しながらテントの出口をまくり上げる。
「はい! 起きてます! 今行きます!!」
そこには相変わらず優しい笑みを湛えたリアムと、夜見た時より確実に小さくなっている嵐王狼のウィル。
「おはよう、ミウ。起こしてしまって悪かった。そろそろ出発しよう。ああ、靴は用意しておいたから履くといい。朝食は帝都についてからにした方が良いが、お腹が空くだろうからこれを飲むと良いよ」
心が咎めている様な表情のリアムは、テントから出ようとして履くものが無く困っていた私に声をかけながら、何かの飲み物の入った木で出来て要ると思われる大きめのカップを差し出してくれた。
「あ、あの! 大丈夫です。大丈夫ですから! 起きてましたから、あの、本当に大丈夫です!! それから、靴、本当にありがとうございます」
慌ててお礼を言ってから、革でできたシンプルだけれど上品な焦げ茶色のブーツをどうにか履いて、カップを受け取り用意されていた椅子に座りながら匂いを嗅いでみると、甘くて美味しそうな匂い。
思わずお腹が鳴る気がした。
それに湯気がホコホコと立っていて温かそう。
色は……淡いコーヒー色?
何だか憶えのある気がする匂いに首を傾げながら口にした。
すると、口に広がるのはホットキャラメルラテの味!
しかもこれは私の好みのど真ん中!!
これだけ濃厚なのに後味すっきりで甘さが丁度良いのは初めてだ。
けれど私が知っている物よりもっとトロッとしてお腹が膨れる感じに首を傾げた。
「……あの、リアム、これは?」
ふうふうと少しずつ冷ましながら飲みながら疑問を口にしていた。
どうしたって大好きなホットキャラメルラテの味がするのに、私が知っている食感とは違うんだから疑問は膨れ上がる。
キャラメルラテは冷たくても大好きだけど、今は心も冷え気味だったからかな。
この温かさが心身を温めた。
「ああ、コーヒーにキャラメルと特別なミルクを入れて煮だしたんだ。このミルクは特別に飼育されている魔獣のモノでね、普通の動物のミルクとの違いはそのトロミに含まれる栄養だ。このミルクを飲んだなら後は食事は要らないとまで言われるくらいには満腹になるし栄養も取れる。急ぎの時は私はこういう食事になるんだが……口に合わなかったかな……?」
すまなそうにしているリアムに、アワアワとなってしまう。
「違うんです! すごく大好きな味で、美味しくてですね……」
上手く言葉にならずに続けられずにいると、リアムは温かく微笑み返してくれた。
「ああ、それは良かった。君の世界には……魔獣は居ないのかな? 魔法が使えないという事だから、そうなんだろうね。ならこのミルクは初めてだったか。それは驚くな。生臭さも嫌な臭いもしないから普通のミルクより余程飲みやすい」
考えながら肯くリアムの言葉を聴いて、確かにそうだと思った。
「そうですね。元の世界で魔獣の様な存在には出会った事はありません。魔獣は魔法を使うんですよね……なら、やっぱり魔獣にはこの世界で初めて会いました」
本当に元の世界にこういう怖い存在が居なくて良かったと思う。
確かに肉食獣は居るけれど、それでも魔法は撃ってこないし、ウィル程大きな肉食獣も居ない。
そう考え込みながらだけど、甘くて温かくて、ほんのり香ばしくて美味しいと確かに感じながらこの世界のホットキャラメルラテを味わう。
「あ! この飲み物に名前ってあるんですか?」
飲み終わってから、やっぱりこっちの呼び方で読んだ方が良いと思ったから訊いたけれど、リアムは首を傾げる。
「特にないかな。私が適当に作っているだけだしね」
そう言いながらリアムは私の手からカップを受け取り、代わりに別の物を手にのせて出発の準備をしだした。
何でもない風のリアムを見ながら、知らずに立ち上がった後、私は手にのせられている物に胸が詰まって上手く息さえできない。
リアムは、昨日私の手に乗せていたものと全く同じ髪飾りを二つ、色違いと形が違うものを複数用意してくれていた。
……私が何も答えなかったのに、言ったもの全部そろえてくれたんだ……
「さて、そろそろ行こうか。ミウ、その髪型良く似合っている」
リアムは思わず立ち上がってから呆然としていた私に、温かな微笑みを向けてくれていた。
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