第29話

 ……復讐……

 その末に殺されてしまう。

 もしかして男装したその女性は、身内を……

 そして殺したのも……

 彼女は、殺した人は、一体どんな気持ちだったのかと思わず考えたら……


「さて、昔話はここまでだ。ミウ、髪型を変える事を了承してもらえるだろうか?」


 私の思考を切断して遮る様に話してから、リアムは心配そうに私を見ながら答えを待っていた。


「あ、それは勿論です。あの、丸くまとめる感じだと短いのが分かりにくいと思うんですが、大丈夫でしょうか……?」


 優しい微笑を浮かべて肯いたリアムは、手に布製の髪飾りっぽいものを乗せていた。


「これだと色々隠せると思うんだが……」


 良く視てみると、元の世界でクラスメイトがしていたのを思い出した。

 確か、シニヨンネットだとかお団子カバーだとか言っていたと思う。

 纏めた髪を髪飾りの袋状になっている所に入れると、お団子に纏めた髪が見えなくなった……様な?



 あ! これに纏めた髪を入れたら長さとか更にわかり難い!!


「……ありがとう、ございます……」


 慌ててお礼を言おうとしたのに、何だか胸が一杯になって言葉が全然出てこないし声も小さなものになってしまった。

 リアムに本当に感謝していて、だけど上手く言葉にならない。

 それがとてももどかしくてもどかしくて……


「仕事柄、色々持ち歩く癖があってね。必要ないと誰もが言う様な代物も常備しているが、こういう時に役に立ったりするのだから無駄ではないと思うんだよ」


 苦笑しながらリアムは言うけれど、私にとってはとても嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 どうにかこの世界に馴染めそうだとホッと息を吐いてから、ふと脳裏を過ってしまった事柄で気が付いてしまったものだから、リアムへ恐る恐る勇気を絞り出して言ってみる。


「……あ、あの……本当に図々しいのは分かっています。ただ、その髪飾りの予備を、一つだけ、一つだけ頂けたら……」


 私は自分で抜けている自覚がある。

 だから落として無くさないかと言われたらどんより何も言えなくなる。

 引っ掛けて穴をあけないか、引き裂いてしまわないかと言われたら逃げるしか出来ない。



 しかも裁縫が得意かと言われれば全面降伏しかない。

 だからどうしても予備が無いと不安で不安で……



 あの話を聴いていて余計に思った。

 未だに非常に根強く髪が短い女性は異常者という教えがこの世界ではあるんだから、髪が伸びるまでは気が抜けない。

 さっきも考えたけど私は抜けている。

 本当にうっかりミスがどこで発生するかは未知数。

 なにか非常にマイナスな事をヤラカサナイ自信は微塵も無い。

 無いったら無い。

 今言わないと後で余計にリアムに迷惑をかける。

 間違いなくかける。

 これはもう確信です。

 だから――――


「勿論だ。こちらこそ気が付かなくてすまなかった。予備があった方が安心できるものだから。同じものが良いかな? それとも昨日は同じで色や形が違うものの方が?」


 リアムは嫌な顔一つせずに、しかも微笑みながら了承してくれるものだから、私の方が恐縮して縮こまる。

 我がままを言った自覚はあったから、こんなにすんなり受け入れてもらえることに余計に怖くなった。


「い、いえ! あの、わがままを言ったのは私なので! それを叶えてもらえて本当に、本当にありがとうございます!!」


 心は小さくなっているのに、反対に声は上ずって大きくなってしまう。

 恥ずかしさに居た堪れなくなっていたんだけど……


「大丈夫だから。そんなに縮こまらなくても大丈夫だ。かなり話してしまったな。もう遅い時間だ。明日は早くから動く予定だから寝た方が良い。テントは自由に使ってもらって構わないから」


 リアムは間違いなくテンパっているだろう私を案じながら、優しい笑みを向けていた。


「は、はい! おやすみなさい!!」


 まだ上ずった声のまま、私はどうにか言葉を発してテントの中に逃げ出す事しか出来なかった。



 もうなんだかまともに話せない状態になっていたから。

 グルグルと同じことが巡って巡って消えてくれない。

 図々しくお願いしてしまったので嫌われたらどうしよう。

 我がままだと思われたらどうしようという考えばかりが頭の中に木霊する。

 図々しく我がままなのは確かなのに。

 なのにそう思われたくないとか……



 閉じた空間の中、頭を抱えてうずくまる事しか出来ない。

 自信もなにもかも音を立てて崩れていく。

 ……私ってダメだなぁ……



 結論はそこに行きついて、丸くなる。



 私はこの世界に馴染めるんだろうか。

 これからちゃんと生きていける?


 ようやく落ち着いてきていた心は、自分の言葉が正しかったのか間違いだったのかを自問自答して止まらない。

 この世界で初めて私に向き合ってくれた人との会話だから、どうしてもこうすれば良かった、ああすれば良かったが消えてくれなくて……



 ――――明日がこんなに怖いと思った事は無い。

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