第27話

 リアムは私の様子に口から手を外しながら苦笑している。


「すまない。どう説明したものか悩んでしまってね……。そうだな、この世界では有名な話だ。子供を寝かしつける時に親が当たり前の様にする話。だからかな、この世界でこの話を知らない人間は……人間扱いしてもらえない。要するに産まれた時から奴隷だという証の様なものだからね。とはいえ愛情の無い家庭に育ったのなら親から伝えてもらえない。それを補う様に教会でも毎週司祭が話しているね。……これはつまりそれだけこの世界では知っていて当然の話だ。当然過ぎて君が知らない事に驚いてしまった」


 そこで言葉を切ったリアムは優しい表情でまた話を始める。


「そうだね。教会で話されているモノはちょっと脚色が……教訓を込めているのと教会の正統性を記しているモノだから、初めて聞くのなら子供への昔話調の方が分かりやすくて良いかもしれない。どうだろう、ミウ?」


 リアムはいつも私に選択肢を与えてくれることに感謝しながら、やっぱり説教染みてそうな教会での話より子供向けの方が良いと思う。

 ……私、お寺での住職さんのきちんとした話も、途中で眠くなって話が耳を右から左に抜けて行っちゃうから……


「あの、子供用でお願いします。その方が一番わかりやすい気がして……」


 リアムはクスリと小さく笑ってから話し始めた。

 ……何だか私が考えていたこと筒抜けな気がする……

 表情に出てたかな……

 やっぱり難しい話は苦手だから……

 でもそれをリアムに知られると恥ずかしい。

 本当に恥ずかしい。



「昔々、それこそ数千年以上前だね。エトルリア大陸には『エトルリア神授帝国』という国があったんだ。その国はエトルリア大陸全土を神に与えられ統治していた。代々の皇帝は世界を創った唯一の神の子孫。長く平和だったんだが……ある存在の出現で大陸が内乱状態になったんだ。ちなみに、その内戦のさなかに一部の人達がシビュラ大陸に渡った。その子孫が現在のシビュラ大陸の住人だね」


 言葉を一旦止めたリアムは、思い出す様に瞳を閉じた。


「エトルリア帝国の皇帝は神の血を継ぐ者でなければならない。だからね、多くの女性が後宮という場所に集められていた。今のウーヌス帝国だと後宮には多くても百人前後の妃とその候補の女性しかいないんだが、エトルリア帝国の後宮には最低でも数千人の妃とその候補が居たそうだ。今のウーヌス帝国もそうだが、後宮に入るには試験があってね、妃や妃候補以外の雑用や下働きをする者も試験があるんだ。全員女性だね。エトルリア帝国の頃は男性を去勢した宦官を使っていたそうだけど、今は無いね。そもそもの内乱の要因になったのが宦官だったからが理由だ」


 リアムは言葉を切ると苦笑しながら私を見る。


「ごめんごめん。子供用にはない情報まで盛り込んでしまった。普通は”昔々、エトルリア大陸にはその名前の元になった『エトルリア帝国』という国がありました。”となるんだけどね。図書館にでも行けば禁書の部類でもなく普通に分かる事柄しか言わないから。子供用よりある程度の学生向けの方が馴染み深いからつい。大丈夫かな……?」


 特に難しいとは思わなかったし、違和感も無かった。

 面白いなあと肯きながら聞いていたくらいだ。


 ……リアムの話だとどんな話でも眠くならない気がした。


「あの、大丈夫です。続けて下さい」


 リアムはホッとした様に微笑んでから、どこか此処ではない何処かを見ている様な眼差しになり口を開いた。


「妃と妃候補の違いを見極めるのは簡単だった。髪型だ。妃は基本的に……ああ、そうそう、ハーフアップという髪型だったんだが、どういうモノかミウは分かるかな?」


 あまり自分で髪をどうにかするのは苦手だけど、髪型とかは色々知っていたしソレも知っていた。


「はい。後ろの髪を上半分だけアップすることだった思うんですけど、合ってますか? 編み込んだり纏めたり色々バリエーションも出来る髪型ですよね」


 リアムは笑顔で肯いて言葉を続ける。


「そうそう。それでね、妃にも身分があって、最高位は皇妃。次いで貴妃。その次に淑妃。これより下に側妃。側妃は第一側妃、第二側妃、という感じに十数人。ここまでが正確に”妃”。それより下は妾人。第一妾人、第二妾人と続いてこれが百人前後いたんじゃなかったかな。この人達との間に子供を作るのが皇帝の役目だった。ここまでがハーフアップの髪型が許されていたんだ。それ以外は基本彼女等に仕える人達。中には皇帝が気に入って雑用係から妾人になった人達もいる。だから後宮に入るには雑用や下働きでも試験が課されたんだ。それで雑用や下働きも”妃候補”。彼女たちは全ての髪を纏めた髪型だった。身分によって二つの、ええとお団子? だったり、丸く一つにしていたりだったらしい。だからね、今でも身分の高い女性は基本的にハーフアップで、従族や普通の人達は全ての髪を下ろしているか纏めているかの髪型が多いかな。そして……宦官はね、肩までの髪。結ったりせずに下ろしたね」

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