第25話

 ガタガタと震えが止まらない。

 私の全てが私のモノではない……?

 どこの誰かも分からない存在に握られているなんて……



 手足が冷たいのに、心臓だけがバクバクと今まで感じた事が無い程速く脈打っている。

 凍えそうな極寒の中に放り込まれてしまったように、震えは止まらない。

 冷汗までドクドクと止まらず全身がびっしょりと濡れていく。



 私、私どうなるの……

 頭はどうしてもそればかりをグルグルと表示して、何も考えられなくて……

 エラーをひたすら表示している状態かもしれない。



 むしろこの世界に来た当初の方が現実感が無かったからまだ耐えられたのだと今なら思う。

 ようやくどうにかなる。

 ここでも生きていけそうだと思ってしまったから。

 だから、停止していた心が動き出してしまった後で。

 それで私はもう何も考えたくなくて、考えたら心が砕けてどうにかなるのが分かっているから逃げ出そうとしてるんだ。



 でも、でも……



 ――――涙が、知らずに流れていた。



 やっと、やっとだよ、どうにかこの世界で生きていけるんだと思ったのに。

 思ってしまったのに。

 希望の光が見えた途端……



 もう乾いた笑いがもれてしまう。

 馬鹿だなあ。

 私馬鹿だ。



 折角助けてくれる人に出逢った時には、とんでもないミスを犯した後。



 自分の知らないところに居たんだから、注意しなきゃいけなかった。

 外国に行くときだって日本とは違うんだって教えられていたのに。

 ここは世界さえ違うところで。

 なら注意してし過ぎるくらいで良かった。

 どうして、どうして私は……



 悔やんで悔やんで、自分の馬鹿さ加減に腹が立って。

 自己嫌悪が止まらない。



 蜘蛛の糸を自分で切る様な真似をして。

 ――――笑えない。

 地獄に堕ちた泥棒を笑えない。



 自分の行為で全てがご破算。



 ――――いくら自分の愚かさを呪っても、もうどうしようもない。



「相手は非合法の奴隷商のようだな……さして力も無い。逃げ出している農民を捕まえているのか、村長に要らない人間を売らせているのか……少なくともこの奴隷商は帝国の人間ではないな。帝国人にしては術式がお粗末すぎる。おそらく奴隷の調達先も帝国人ではないだろう。森に逃げ込んで帝国を目指している浮浪民を獲物としているといった所か……売り先は……帝国も入っている……? だが他の国が主だろうな。帝国では他国の術式で奴隷になるレベルは必要とされない。もう少し質が良くないと買い叩かれるのが落ちだ。それが分からない程この奴隷商が愚かだという可能性は……ある、か……どこで使うつもりだ……?」


 リアムが私の首元に視線を固定しながら独り言ちているのを、どうにか聞き取りながら首を傾げる。

 ほぼオウム返しの様な呟き。

 力の何もない、ただの反響の様なそれ。


「……非合法……?」


 私の声が届いたのだろう。

 リアムが優しくて温かい眼差しを向けてくれた。

 心配そうな色もその瞳に乗せながら。


「落ち着いて聞いてくれ、ミウ。大丈夫だから。どうやら術式から判断すると、国に正式に登録されている商人ではないと思う。どこの国の奴隷商でも国に登録して許可を受けるモノだ。それを術式に組み込むのが正式な奴隷商人。だがこの術式にはどの国の許可も、それどころか登録さえ組み込まれていない。どうみても違法だ」


 こんな小さな声に、きちんと答えてもらえるとは思わなかった。

 私の言葉は力も何も無くて。

 なのに真剣に聞いてくれて温かい視線を向けてくれて、心配してくれる。



 先程とは違う涙が零れていた。



「違法で無いのならその奴隷商と交渉しなければならなかっただろうが、この相手は違法な奴隷商だ。真っ当な手段でどうにかする必要性はまったく無い。さて……」


 リアムはそこまで言うと、顎に手を当てながら目を閉じた。

 しばし沈黙を挟んだ後、パチリと目を開けてウィルを見る。

 どこか冷たささえ感じる冷静な声がリムから聞こえる事に瞠目してしまった。


「ウィル。相手の特定は可能か?」


 片方の目だけを開けてリアムを見たウィルは、静かに肯いた。

 何でもない事の様に。


「私がしても良いけど、それだと色々余計な手間がかかる可能性が高い。介入も面倒だ。どうにかした後、その奴隷商達の本部のある国に通告、といったところか」


 そう独り言ちたリアムは、一つ肯いてまたウィルへと語りかける。

 先程より温度の無い声。


「ウィル。相手の特定をした後はいつも通り。今から可能か?」


 ウィルは今度は両眼を開いて静かに肯いたのだった。

 相棒というより、忠実な従僕でもあるかのような所作に瞳が瞬く。

 ウィルにとってリアムは、信頼し尊敬する存在なのだと伝わってくる。


「ミウ。心をなるべく静かに出来るか? 難しければちょっと魔法を使う。大丈夫かな?」


 リアムが私を心配そうに見ながら伝えてくれた言葉に、私は目を見開くしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る