第22話

 突然の申し出に嬉しさと同時に不安が湧いてくる。


「……あの、それは私にも出来る事ですか? 私、こちらの事はほとんど知りません。私に出来る事も多くはありません……それでも、勤まりますか?」


 助けてくれた人に迷惑はかけたくなかった。

 帰れないかもしれないなら働かなくてはいけないのは分かっている。

 住む場所も探さないといけないのも。



 それでも、出来ない事をさも出来るように言う事だけはしたくは無かった。

 この人に、誰もが見捨てた私を助けてくれたこの人にだけは、嘘やごまかしは、したくはなかったから。



「四則演算は出来る?」


 リアムが苦笑しながら訊いた言葉は理解できた。

 だけど、リアムは私がソレを出来る事を知っている様な気がして首を傾げる。


「……ああ、君の言動と服装から判断したんだ。きちんと教育を受けているのなら大丈夫だろうと思ったから。そうでないならそもそも手伝って欲しいと頼まない」


 私の仕草から察したらしく、教えてもらって納得できた。

 そうだよね、手伝ってほしいと頼むんだから、出来るだろうと見極めてるからなんだ。


「あ! はい。四則演算は出来ます。ケアレスミスをしない様に何度も見直します」


 慌てて答えた私にリアムは微笑んでくれた。


「頼みたい事はそう難しくも無いんだ。計算ができるならね。ちょっと手が回らなくなってどうしたものかと悩んでいたところだったから」


 そう言ってから、顎に手をやりながら悩んでいたらしいリアムは、一つ肯いてからまた口を開いた。



「ミウは薬草というと何を思い浮かべる?」


 唐突な質問に面喰いながら、お父さんが野山を歩きながら食べられる野草とか薬効のある植物とかを教えてくれていたのを思い出したけれど、どんな効果だったかとかどれだったかも分からない自分が情けない。

 折角お父さんが教えてくれていたものを、私は全然生かせないことにジクジクと心が痛む。



 ああ、でも、そうだ、確か……


「弟切草とカミツレ、あ、カミツレは和名でカモミールというのだと教えてもらいました」


 リアムは楽しそうな顔になりながら、また口を開いた。


「薬効は知っているかな?」


 ええと、二つとも家に植わっているから思い出したけど、薬効……

 弟切草を焼酎だったかホワイトリカーだったかに漬け込んだものをおじいちゃんが持ってきてくれたことが……

 それと、カミツレ。

 お母さんが入れてくれたホットミルク。


「……教えてもらったはずなんですけど……弟切草は止血? だったような……それで、カミツレは風邪? と安眠……の様な気がします……眠れない時に家にあるカミツレをミルクで煮だしてハチミツを入れて飲ませてもらった記憶が……」


 甘くて良い匂いで美味しかった記憶。

 優しい記憶。

 大切な、家族との記憶だ。



「――――……成程」


 何故か長い沈黙の後それだけ言って、表情が抜け落ちた様なのに余りにも雄弁な瞳。

 胸が苦しくなるほどの懐かしさを込めたリアムの瞳。

 でもそれは私を素通りしているのは感じてしまう。



「こちらでの薬草は大気に満ちるマナと呼ばれる魔力の元となるものだが、それを吸収する事で一種の魔法染みた効果があるんだ」


 リアムが一瞬で切り替えてしまって、あの瞳を見られない事が何だか寂しい。

 ……誰か、特別な人を思い出してたりするのかな……



 そう思うだけで上手く息が吸えない自分に驚いたし、薬草に魔法みたいな効果があるっていうのも驚きで、丁度ビックリが重なったからかもしれないけど不思議と心が静かになってよかった。


「だが中々この大陸では効果のある薬草が手に入らなくてね。どうにか目途が立ったが、薬草を調合してくれる信頼できる人が中々……」


 リアムはそこで言葉を切ると、私を見て温かな笑みを浮かべた。


「ミウはこの大陸の人間ではないし、更に言えばこの世界の人間でさえない。そしてミウは誠実だ。そう判断したのはお金の件や、ケアレスミスの件だ。本当に僥倖だったよ。ミウと出逢えたのは」


 感慨深そうにリアムは言ってから、姿勢を正し、真面目な表情になる。


「お願いだ、ミウ。どうか私に手を貸してくれ。これだけの好条件の人材を見つけるのは至難の業だ。ミウに断られると本当に途方に暮れてしまう。ダメ、だろうか……?」


 私はおおいに慌ててしまう。

 きちんと伝わって欲しいと必死になる。


「そんな! 私の方こそリアムに出逢わなければどうなっていたか……でも、あの、薬草の調合というのは難しいのでしょうか……?」


 言いながら不安になって最後の方は声が小さくなってしまった。

 情けない……

 本当に感謝しているのに……

 これ以上の幸運だってきっと無いのは分かってる。


「計算が出来れば難しくは無いんだ。調合レシピは教えるし、材料もそろっている。だから大丈夫だと思う。最初の内は私も一緒に作業しよう」


 リアムが安心させるようなホッとする笑顔で答えてくれたことで、私の心が簡単に決まってしまった。

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