第21話

 深呼吸を何度もしてから、リアムをおそるおそる見て訊ねる。

 絞り出した勇気は当分売り切れているんじゃないかな……



 それでもギュウギュウに絞って残りかすをかき集める。

 ……声が震えているのには目をつぶろうと思う。


「…………あの、リアム、この世界の皆は魔法が使えるんですか……?」


 微妙に訊きたい事から逃げているし正確には訊けずにいた。

 本当に訊きたい事は怖くて怖くてとても言えない。

 どうして怖いのかも分からないけど、とにかく言えなかった。


「そうだな。強弱は在れど皆使える……ああ、なるほど。ミウは自分が魔法を使えるかどうかが分からないのか」


 リアムが一人肯きながら私の内心を察してしまい、百面相の様にアワアワと落ち着かない。

 どうして彼はこうも簡単に私の聞きたい事を察してしまうんだろう……

 私、そんなに分かりやすいのかな……


「……ええと、はい」


 どうにか精一杯で答えるとリアムは優しく微笑みながらどこか遠い所を見ている様だった。

 一瞬、とても懐かしそうな色が覗いた気がする。

 その瞳に私が映っていない事が分かってしまうから、どうしてかザワザワと心が騒いでしまう。


「ミウなら大丈夫に見えるが……しかし大変だな。魔法を使える者ばかりではないというのも。私には想像も出来ない世界だ」


 リアムにとって魔法の無い生活というのは考えもつかないらしい。



 確かに、私だって魔法のある生活が全然分からない。



 お父さんが、所変われば常識が非常識で非常識が常識だと言っていたのも思い出していたから、納得はできるけど。



「ああ、そうだな、属性の説明や精霊の説明もした方が良いか?」


 リアムが今気が付いた様な表情で訊ねる。

 それまで彼の意識は私を素通りしてどこか別の場所に向いていた。



 憧憬の様な、もっと何か別の熱が籠っていた様な気がしたけど、どうしてか私はそれを見ていられなくて視線をそらしてしまったから詳しくは分からない。

 ……リアムにしても無意識かもしれなかった。

 でも無意識だからこそ、私は落ち着かない。

 胸が痛い様な気さえして訳が分からない。


「はい。あの、よろしくお願いします」


 この世界で浮かないようにするには絶対常識が必要だと思う。

 悪目立ちしたらこの世界だと余計に大変そうだ。

 私一人でどうにかしないとだから。



 そう言い聞かせて、何度も言い聞かせて平静を装う。


「帝都のアイオーニオンにつくまでこちらの常識は出来るだけ伝えるから、分からない事は訊いてくれ」


 リアムが優しく微笑みながら言ってくれた言葉に、涙が零れそうになった。

 こんなに親身にしてもらった事が、この世界に来てから初めてだからかな……



 あ、そうだ、そうだった!

 肝心なこと忘れてる!


「あ、あの、リアム。わ、私、あの、お金を、その、ですね、全然、持っていません……」


 言葉をつっかえつっかえ言ってしまった。

 正直に言うには情けなさ過ぎて、どうしても上手く言葉が出てこない。



 言ったんだけど……

 リアムの反応が怖くて顔が見られなかった。



 こんなに人の反応が怖いと思った事ってあったかな……

 きっとこの人に見捨てられたら生きていけないからだと言い聞かせて、色々蓋をした。



「そんなことを気にしていたのか? 見つけた時からお金は無いだろうなというのは分かっていたとも」


 リアムのクスクス温かく微笑みながらの言葉に、胸が一杯になる。

 蓋をしたはずの何かも爆発しそうでどうにか抑え込んだ。

 何か、何か返さないと!


「ちゃんと返します! 私にかかったお金、働いてちゃんと全部返しますから!!」


 私が必死に言った言葉に、リアムは目を丸くする。


「……本当にちゃんとしたところの子だ。ありがとう。焦らなくて良い。落ち着いたら少しずつで」


 温かいリアムの微笑みに、私の心臓がおかしな音を立てる。

 こんなすっごい美形に近くで話しかけられたり微笑まれた事が無いからだと思う。

 そういう事で良い。



 要するに耐性が全然まったくこれっぽっちも無いからだと言い聞かせて、聞かなきゃと声を出す。


「あの、たくさん聞いてばかりでごめんなさい……ええと、帝都までってどれくらいかかりますか?」


 おそるおそる聞いてみる。

 地理関係が全然分からないから実感がわかなくて、思わず聞いていた。


「ああ、ウィルに乗れば直ぐだ。一日もかからない。面倒だから関所も通らずに済む……ああ、戸籍も作らないといけないか。さて、どういう風にしたものかな……」


 ウィルに乗るとというのが非常に気になります。

 もしかしてこの場所、帝都からものすんごく離れていたりするんじゃ……



 それに戸籍……

 無いと困るよね……



 そこまで迷惑はかけたくないんだけど、でも身元証明が出来ないとやっぱり帝都で生きていくのは難しいのかな……



 暮らしていくというのを改めて実感したら、色々怖くなってしまった私の顔色を見て、リアムが温かい微笑みを向けてくれた。



「ここは帝国の端ではあるし、上手く何とかするから心配はいらない。戸籍も伝手があるから属性検査のついでに申請しよう」


 そこまで伝えてくれたリアムは、思案顔になり、それからまた口を開いた。


「ミウ、もしよければ私の手伝いをしてくれないか? 実は困っていた事があったんだ。勿論タダとは言わない。住む場所と仕事も用意する。どうだろう?」

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