第14話

 この森に来てから出会った人達の言葉は、まるで分からなかった。

 それが、この、私を助けてくれた男性だけは、私と言葉が通じる……



 ――――一体どういう事なの……?


「あ、あの……」


 恐々とだけど、何とか言葉は形になってくれたのに、後が全然続かない……

 そんな自分に情けなくなっていると、彼の優しい表情と一緒に声がかかって、それで更にどうして良いかが分からなくなる。


「どうした?」


 言葉が続かない……

 何とか理由を知りたいと思うのに、勇気が中々出ない。

 変に思われたくないと強く思っている。



 この優しい表情が軽蔑や拒絶に変わったらと思うと、とても怖い……!



 でも、言葉は、大事、だと思う。

 これからも通じる人に出会えるとは限らないだろうとも思える。

 なら、今、聞かないと……



 手を強く握って、息を吐いて、なけなしの勇気を、絞り出す。


「どうして、私と言葉が通じるんですか……?」


 彼は目を瞬かせると、首を傾げる。


「君はシビュラ大陸の出身かい?」


「シビュラ大陸?」


 首を傾げた私に、彼は不思議そうにしている。



 ああ、やっぱり言った方が良いと思う。

 でも、だけど、もし言ったら――――



 それでも、言わないと。

 変に隠し事はしたくないと思うから……

 そう、恩人の彼に、何か隠し事とかしたくない。

 ちゃんと自分の事を知って欲しいと、強く願っているんだから――――


「私、たぶん、この世界の人間じゃ無いと思うんです。元居た場所から突然この森の中に来てしまって、言葉も分からなくて……」


 言っていて、不安が溢れてくる。

 彼に、おかしな子だと、思われたくない……!

 嫌われたく、ない……!

 だけど、ちゃんと言わないと、分からないことだってあるから――――私の事を知って欲しいし、信じて欲しいんだ……!



 ごちゃごちゃと色々な事が消えては浮かんで、彼の審判をおかしくなる心臓の音と一緒に待つ。


「――――成程。つまり異世界からこの世界に来てしまったという事か?」


 彼は顎に手をやりながら考えてそう答えてくれて、その表情にも瞳にも、私に対する拒絶は無い、みたい……

 その事にホッと心の底から安堵して、涙が漏れる。


「大丈夫だ。君の話は信じる。だから泣かなくて良い」


 そう言いながら、彼は私の頭を撫でてくれて、その温かさが、また涙を誘う。



 私は余程この事を言うのが怖かったんだと思った。

 そりゃそうだと思う。

 だって、違う世界から来ましたと言って、信じてもらえるなんて思えない。

 私だったら相手を信じられない確率が高いなあと確信してしまう。

 頭がおかしい、で一件落着の事態だと思うよ。



 どうして彼は、出会ったばかりの私の話を信じてくれたのかな?


「不思議そうな顔をしているな。確かに突拍子もないとは思うが、君が私に嘘を言うメリットは無いだろうと思ったから、という単純な理由と、君が嘘を言っていなかったのと、君の着ていた布の生地は、家精霊に言わせると”この世界のモノ”ではないとの事だったから、が理由だ。ただ付け加えるのなら、この事は人に言わない方が安全だ。私だったから良かったようなものの、他のこの大陸の人間だったら大変だった。シビュラ大陸の人間ならばまだしも、この大陸の人間にはけして言ってはいけない。これは覚えておいた方が良い」


 彼は真剣な調子で私に言ってくれるのだけど、分からない事があった。

 聞いて大丈夫、かな……?


「あの、どうしてこの大陸の人には言ったらいけないんですか? シビュラ大陸の人には言っても大丈夫って事なんですか?」


 彼が難しい顔になったから、訊いたらダメな事だったかなと戦々恐々していると、彼は表情を緩め


「すまない、どう言ったら良いか悩んだだけだ。異世界の住人であるのなら、色々知っておいた方が良いだろうというのは分かる。これからも分からない事は説明するから訊いて欲しい。ああ、スープを飲みながら話を聞いた方が良いかもしれないな。お腹が空いているだろう? だが、先程も言った通り、急いで飲んではいけない。ゆっくりと噛みながら飲んでくれ」


 そう言って、スープ皿とスプーンを差し出してくる彼。


「ありがとう、ございます」


 お礼を言って受け取ると、彼は優しく笑って


「どういたしまして。ああ、そういえば名乗っていなかったな。リアムだ。君の名前は?」


 言われて気が付いた。

 私も名乗っていなかったことに。

 失礼をしてしまったと慌てながら答えた。


「あの、美雨。矢野美雨です」


 彼は瞳を瞬かせてから、肯いて優しく微笑んだ。


「ミウ、と呼べば良いのか? よろしく、ミウ」


 彼に、リアムに名前を呼んでもらったら、何だかくすぐったくて、とても特別な事の様に思えて、彼と眼を合わせられなくて、下を向いてしまった自分に呆れながら、それでも何とか言葉を返す。


「リアム、って呼んで良いんですか?」


 彼は嬉しそうに肯く。


「ああ、それで構わない。変に改められると、どうもむず痒く感じる」


 その言葉に勇気をもらって、名前を呼んだ。


「よろしくお願いします、リアム」


 彼も笑って肯いたのを見たら、なんだか飛び上がってしまいたくなって、慌てて自重して、スープに意識を向けたら、お腹が鳴って、恥ずかしさに死にたくなった……

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