第13話

 どれくらい泣いていたのだろう。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔だろう事を想像できるし、見ず知らずの男性の前で散々泣いた事も気恥ずかしく下を向いてしまった私に、タオルが差し出される。


「濡らしてある。これで拭くと良い。その間はスープ皿は私が持っておこう。目元も冷やしておくと腫れずに済む」


 彼はそう言いながらスープ皿と濡れタオルを交換して易しく微笑む。

 私はおずおずと顔を拭いた。



 冷たい濡れタオルで泣いて腫れた目元が冷やされ気持ちが良い……

 鼻水も大量に出ていたから顔を背けつつ拭いて、人心地。

 ホッと息を吐いて、タオルを折り返し目元を冷やす。


「冷やしながらだと食べずらいだろう。まだ体はあまり言う事を聞かないだろうから、私が食べさせようか?」


 どうやら彼が親切で言っているらしい言葉に、頬が熱くなりながら慌てて止める。


「あの、大丈夫ですから! 自分で食べれます!」


 だが彼は心配そうに


「スープが冷えてしまう。今は身体の内部は温めた方が良い。冷え切っていたからな。私が食べさせるのは、本当にダメか?」


 何というか、こう、人の親切を無下にするのもどうかなあと思い出し、否でも恥ずかしいし……!

 そう葛藤していたが、意を決する。


「あの、タオル、ありがとうございました。目元はもう大丈夫だと思います。洗って返しますから……」


 取りあえず涙は止まったのだし、タオルを何とかして自分でスープを飲もうとした結果、こういう言葉になった。


「ああ、タオルならそのまま返してもらって構わない。家精霊に洗わせるから」


 彼の言葉で気になったのは、”イエセイレイ”という単語。


「”イエセイレイ”って、何ですか……?」


 おずおずと訊ねてみると、彼は瞳を瞬かせる。

 何か不味い事を聞いたのかと戦々恐々するしかなかった。


「君は良い所の出だろうから、教育もしっかり受けているものと思ったのだが、家精霊を知らない?」


 不思議そうな彼に、恐々と再び尋ねる。


「あの、どうして良い所の出だって思ったんですか……?」


 彼は優しく笑って答えてくれた。


「ああ、君の手は荒れていなかったし、服も汚れてはいたけれど良い生地を使っているらしいのは分かったからな。所作も平民にしては悪くないし、お礼もきちんと言える。そこから推察すればそれなりの良い家の子だと思った」


 所作が悪くないとか、お礼もきちんと言えるとか、ちょっと疑問だったり。

 私は普通にしているだけだ。

 それで良い所の子だというのは、ちょっと分からない。

 でも、今まで出会った人達を思う。

 服装とかは確かに私の方が良かったと思うから、良い所の子というのは納得できた。



 色々思っていたら気が付いてしまい、全身が赤くなって茹でタコの様になりつつ熱も持つ。


「私の、服、貴方が、その、着替えさせてくれたんですか……?」


 そう、私の身体はただ着替えさせてもらっただけじゃ無くて、泥の汚れとかも無い。

 って言う事は、全身を洗ってから着替えさせてくれた訳で……

 想像して、もう頭から湯気でも出そうな程全身が熱を持つ。



 せめてもっとスタイルが良かったら……!

 そう、そうなんだ。

 もっと見られても恥ずかしくない身体だったら、こんなに情けない思いをしなくても良かったんじゃ……!

 見ず知らずの凄い格好良い人に裸を見られただけでも恥ずかしくて死にそうなのに、自分のスタイルを思い出したら情けなさが勝ってきた事に、密かに溜め息。



 七面相をしつつ大いに慌てている私に彼は苦笑し


「大丈夫だ。君の裸は私は見ていない。君の身体を洗って服を着替えさせたのは、家精霊のレッドだ」


 彼が指を鳴らすと、現れたのは赤っぽい銀髪で同じ様な瞳の、十歳前後くらいだろう事は分かるけど性別不詳な耳が尖った綺麗な子供だった。

 その子は、私が持っているタオルを寄こす様にジェスチャーし、私が首を傾げながら渡すと消えてしまう。



 驚いて目を瞬かせる私に、彼は苦笑しつつ


「驚かせてすまない。家精霊が私という存在に憑いているという珍しい状態でね。本来は家精霊の名前の通り家や建物に憑くんだが、あの子はどういう訳か私に憑いているんだ」


 その説明を聞いて分かった事は、”イエセイレイ”ってつまり、”家精霊”と漢字で書くのだろうと言う事。


「家精霊って、普通は家や建物につくものなんですね」


 私が感想を思わず漏らすと、彼は温かな笑みを浮かべ


「そうだな。家妖精はブラウニーと一般的に言われるが、家精霊は家妖精よりも強力に家を守護してくれる。家事能力や手伝いの能力も上だな」


「なら、普通はもしかして家妖精とかが家についていて、大きな家とか建物には家精霊がついていたりするんですか?」


 素朴な疑問が湧いて来て訊ねてしまった。


「この大陸の場合だと、普通の家には家妖精はいないと思う。いるとしたらかなり裕福な家だ。家精霊なら、そうだな、王族か貴族の屋敷だろう」


 彼は何でもない事の様に言うけど、それって……


「あの、貴方って、その、貴族、だったり……?」


 恐る恐る訊ねると、彼は苦笑し


「違う違う。私の場合はたまたま家精霊の方から好かれたんだ。私は貴族じゃない」


 その言葉に、どこかホッとしている私が居て、正直戸惑う。



 貴族だったら無礼な事とかしたら大変だし、気疲れするから大変だと思ったから、貴族じゃ無くてホッとしたんだろうと結論を出した。



 そこまで思ってから、ようやく気が付いた。

 ――――どうして彼の言葉が、私、分かるの……?

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