第9話

 訳が分からないながら丸二日ぶりの食事にありつけて、幸福感に包まれていた。

 あんなに薄くてお粥とも言えない様なものだったけど、それでも良く噛んで食べれば空腹感は若干抑えられる。



 何よりも温かい食事だった。

 今まで冷たい物しか食べられなかった。

 正確には水だけだ。

 そう、水。

 それだけ。

 それが、味も具材も薄くて少なくても、出来立てが食べられたんだから……!



 食べ終わってから思う。

 本当に、涙が出る位嬉しかった。



 お母さんがいつも作ってくれていた食事のありがたさが、身に沁みて分かる。

 温かい食事って、本当に心が嬉しくなるんだ。

 温まるんだ。



 ああ、この人達に感謝しかない。

 出来れば人の住んでいる所まで一緒に行かせてもらえたら、言う事は無いんだけど……



 あの馬車に乗せてもらえたら、凄く楽なのになあ……



 希望的観測を脳内に抱き、息を吐く。

 どうやら食事が取れた事で考えが上向きになってきたみたいだ。



 ぼんやりと何とはなしに考え込んでいたら、テキパキと護衛の人達が鍋を片付けだす。

 そこまでは普通だと思う。



 ただ、私の眼を始めとした全神経を集結せざるを得なかった事態と化したのは、武装した男の人の一人が手を翳すと、空になっていた鍋に水が溜まりだしたことだ。



 ――――蛇口、何処にも無い、よね……?



 まず思ったのはそれで、次に脳内を占めたのは、混乱だった。

 武装した男の人は、鍋とお椀を濯ぐ。

 何度か水を交換して濯いで、その鍋とお椀を、別の男の人が手を翳して風? 風だと思うを起こし、乾かしてから片付けていた。



 水、そう水だ。

 これも手を翳したら何度も現れる。



 一体、どういうことよ……



 何?

 そういう機械とかまったく見えないんですけど……



 あれですか? 魔法? 超能力?



 あり得ないでしょ……?

 そう、有る訳ないって……



 でも、目の錯覚にしては秀逸すぎる。

 何よ、何なの……



 本当に常識に無い事態って、ただただ混乱しかないって痛感した。

 呆然とする私に構わず、片付け終わって、何か声が聞こえる。


「▲×○。■※×◆▽□」


 武装した男の人の一人が何か言ったらしく、周囲に居たボロボロの格好をした人達が動き出した。

 何処へ行くのかと見ていたら、早々とボロボロの格好をした人達が馬車に乗り込んでいくのが目に入る。



 私も付いて行って良いのか分からず、オロオロとするしかなかった。

 出来れば連れて行って欲しい。

 歩いてばかりは本当に疲れる。

 馬車に乗せてもらえたら、助かるのになあ……



 でも、見ず知らずの人を簡単に乗せてもらえるのかな……

 だけどここで放り出されたら、もう野たれ死ぬしかないと思うんだよね……


「○▼」


 そんな私に声と手振りで馬車に乗るようにだろう、武装した男の人の一人が言っている様に見える。



 どうやら置いてきぼりにはならずにすみそうだと安堵の息を吐きつつ、お礼を言って馬車におっかなびっくり乗り込んだ。



 馬車は結構広くて大きい。

 内側から見ていると、布で覆われているのは風が当たらなくてすむし、雨が降っても安心だ。



 本当に良かった。

 運が良いなと喜んでおこう。



 結構な過密状態だけど、文句は言えない。

 だって歩くのと比べたら、絶対に馬車の方が良いに決まっている。



 そう思えたのは最初だけで、結構揺れるんだ、この馬車。

 ガタガタという感じで、あれだ、サスペンションだっけ? あんまり効いていない気がする。



 とは言っても、それ程気になるかと言われればそうでもなく、我慢できない程じゃ無い事に安堵だ。

 歩くよりも早いんじゃないかなと思う。

 私の歩くスピードより絶対早い!



 これは幸運だと思う。

 ご飯を分けてくれて、馬車にまで乗せてくれるなんて、良い人達に出会えて良かった!



 これでどこかの人の居る場所まで行けるだろう。



 ――――そこまで考えて思ったのは、人の居る所に行けても、家に帰れないかもしれないという絶望的な事。



 だって、あんな魔法だが超能力みたいな力を、人前であっさり使っていたんだから、きっと彼等にとっては普通の事なのだろうと思う。

 人前で訳の分からない魔法みたいなことをする人なんて、普通の人じゃないと思うし、そんな人がいるって聞いた事も無い。

 いたら騒ぎになってしまうだろうし、人前で自然に使っている時点で彼等にとっては当たり前なんだ。



 それで改めて考えてみたのは、彼等の格好。

 今まで見て見ぬふりをしていたけど、どう見ても時代錯誤過ぎるだろう。



 だって、銃を持ってない。

 普通、あれだけ危険な獣が居るっぽいのなら、銃を持って無くちゃ不安でいられないはずだ。



 それが剣とかの近接武器だっけ? そういうのしかないし、持っている遠距離武器? は弓だし。

 なんか歴史もののテレビで見る様な武器ばかり。



 身に付けている鎧っぽいのだって、西洋の歴史もののドラマとかで見る様な感じ。

 履いているものの感じも、革で出来たブーツらしいけど、作りがどう見てもやっぱり歴史ものに出てきそう。



 そこから導き出された答えは私の常識を破壊する物で、認めなたくはこれっぽっちも無いのに、それ以外になさそうだとも思う。

 でも、まだ信じられない。

 正確には信じたくない、が正しいと思う。



 そう、私の想像が正しかったら、どうやってここに来たの?



 ――――どうやって帰ったら良いの……?



 さっきまで明るかった心に途端に暗雲が厚く立ち込めたのが分かっても、私にはどうしていいかもわからなかった。

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