第7話

 いつの間にか眠っていたんだろう、瞼を開けると薄暗いながら周囲が確認できる位には明るくなっていた。

 節々が痛い気がする。

 変な姿勢で寝たからかな……

 地面はフカフカだから、そう痛い事も無いはずなのに……

 取りあえず自分が生きている事を確認するために、手の甲を抓ってみる。



 痛い……



 という事は、私は生きている。

 知らない間に死んでいた訳ではない、と思いたい。

 眠りながら死んでいるというのも怖いけど、もうそれで良い様な気もしてきていた。



 この森に着いてからの出来事が、まるで夢の中を彷徨っているみたいだと思う。

 現実感は無くて、フワフワしている感じ。



 単に私が現実逃避しているから、の可能性も高いよねえ。



 ハアっと息を吐き、力を入れて身体を動かす。

 もうお腹は空き過ぎて、良く分からなくなっている。



 そして思い出す、昨夜の事。



 大人の男の人を簡単に襲える獣がいるという事実に、一刻も早く森を出て人里に行かなければと思うのに、心のどこかはもう早く楽になりたいと思い出している。

 だって、ここがどこかも分からないし、またあんな目に遭うかもしれないし、お腹は空いているし……



 ――――嫌な事だらけだ。



 ああ、今すぐに家に帰れたら……

 シャワーを浴びてお母さんの美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、あったかいお風呂に入って、それから自分のベッドにダイブして思いっ切り眠る!



 そんな空しい夢想に頭は占拠される。

 それでも空腹を訴える腹には逆らえず、兎に角人里を探そうと思い身体を動かそうとする。



 ――――だけど、またあんな目に遭ったらどうするの……?



 そうは思ったが、全部が全部あんな人達だけな訳ないよ。

 うん、無いと思う。

 思いたい。



 食べ物を得るためには人に会わなきゃいけないんだから、仕様がないと割り切って、危険そうなら逃げれば良いだけだし……!



 自分を出来る限り鼓舞し、何もかも投げ捨てたくなっている心と、人が怖いと思っている心を、家に帰るんだからと強く思ってどうにかねじ伏せ、何とか立ち上がると、少し行った低木の向こう側がどうも開けているっぽい事に気が付いた。

 恐る恐る近付いてみると、どうやら土が固くなっていて、道らしいのではないかと思えてくる。



 うん、土を固めてあるから道っぽく見える。

 木々の間を通っていて、道らしい土の上には木が生えていないのも、道っぽい。

 真っ直ぐっぽいのも道らしく、飛び上がる元気こそ無かったが、これで人の居る所に行けるという思いから涙が溢れそうになり、慌てて押し込む。



 まだ泣いちゃダメだ。

 昨夜は泣いたけど、アレは仕方がなかったのであって、今大事なのは道をたどる事。



 そう言い聞かせ、何度も言い聞かせて道を歩こうと思うのに、歩き出してから何だか寒いと思って、自分の姿を見てみて理由を悟る。

 ボタンが外れたままだ。



 そう、もう一杯一杯で、自分の服の状態は分かっていても、どうにかする気力も体力も無く、気が付いたら寝てしまったんだ。



 改めて昨日の恐怖が湧いて来て止まらず、ボタンを入れようとする手が震えて中々上手くいかない。

 四苦八苦しつつ、何とかボタン全部を入れ直し、ホッと息を吐く。



 あの生臭い様な息の臭さとか、体臭の臭さを思い出しそうになり、どうにかこうにか家に帰るんだからの一念で無理矢理抑え込み、歩き出す。



 薄暗いし、道に出てみてわかるのは、まだ完全に夜が明けた訳じゃ無いと思える事、かな。

 空が見えるのは良い事だと、気分を何とか盛り上げる。



 だってこの森に来てから空が見えたことなんてないし、だから、今はちょっとは来た時よりは良くなっているのだと自分に言い聞かせ、空腹だと訴え続ける腹も説得し、歩みを進める。

 道には何だかこう、タイヤとかが通ったみたいな溝があって、あれって確か轍だったかなあとか考えながら歩いていた。



 道幅は結構広くて、車二台ならすれ違えると思う位には広かった。

 アスファルトじゃないのは逆に歩きやすいと言えば歩きやすいのかなとも思いつつ、歩く。



 内履きとはいえ靴を履いていて良かったと心底思う。

 地面が固くなっているから、フカフカの先程よりもしっかりしとした靴じゃないと歩き難いんだったっけ?



 知識が正しいのかどうかも確かめられず、本当にどうして良いか分からない……



 色々と考えると、もう思考放棄が正しい気はするけれど、それでも家に帰るんだから頑張ろうと言い聞かせていると、煙が立ち上っているのが目に入ってくる。



 ――――しばらく事態を認識できなかった。



 だが気が付く。

 煙、つまり火を使っているのは、人間以外あり得ない!



 慌てそうになるのを何とか宥め、方角を確かめる。

 この道の先から煙は上っている様に見えるけど、正確には分からない。



 ただ、そう遠くは無い、はず!!



 そう思ったら最後、私はまた走り出していた。

 体力は限界と訴えていたのだろうが、私には届かない。



 火を起こしている所に急ぐ!



 それだけを考えて、私はただただ動きたがらない足を必死に動かし続けた。

 他の事を考えてしまったら、もう動けないのを分かっていたから。

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