第5話

 気が付いたら、沢山の人達が座っている横を通過し、焚火の近くに到着していた。

 木の棒らしいのを構えていた人達は、ただ私を見ている。


「……あの、私、道に迷っていて、ここがどこか分からないんです。ここはどこですか……? スマホとかありますか? 警察に連絡とかお願いできますか?」


 何はともあれ、ここが何処か分からないとどうしようもない。

 それに家族に連絡しなくちゃとか、警察に行った方が良いかなとか考えて言ったのだけど、声をかけた人達は不気味な程静かで、首を傾げ、何かを言った。


「○□▽×○☆△*■※」


 ……何を言っているのか、まるで分からなかった。


「あの、ここ、日本じゃないんですか……? 貴方達は、その、Can you speak English?」


 私が理解できると自信がある外国語は、多少の英語だけだ。

 だから訊ねたのだけど、彼等の表情は変わらない。


「◇△※●☆×」


 ブツブツと私には理解できない言葉を話しながら、彼等は座り込んでしまった。

 取りあえず、木の棒は彼等の手元にはあるけど、こちらに向けてはいないから、大丈夫、だよね?



 キョロキョロと周りを見回しながら、私も焚火の近くに腰を下ろす事にした。



 人がいる事にホッとし、火のじんわりとする暖かさもあって、自分が随分凍えていたのが分かった。

 夜になって冷え込んでいたらしいのに、緊張していて分からなかったらしい。

 身体が弛緩していくのを感じつつ、私の意識は眠りへと落ちていった。





 周りがガヤガヤと騒がしいので目が覚める。

 どうやら太陽が再び上ったらしく、朝、なのだと思う。

 薄暗いなりに森の中が見通せるようになっているから、夜は明けたのだと判断した。



 火は消えていて、彼等が水を飲んでいるのが分かり、どうにか分けてもらおうと思うのに、言葉がまったく分からない。

 どうしたものかと思っていると、皆が立ち上がり、歩き出してしまう。



 朝食とかもう摂っちゃったのかな……

 何が何でも付いて行かないと……

 一緒にいれば町とかに行くだろうし、それで警察に行って、外国だったら確か大使館だか領事館に連絡してもらえたら家に帰れる!



 彼等の言葉はこれっぽっちも分からないけど、一緒に行こうと後を付いて行く事にした。

 ようやく逢えた人間なんだ。

 彼等と逸れたら、火だって熾せないし、何処に行ったら良いかも分からないんだから、どうあれ追いかけるしか出来ない。

 大体、もう一人はごめんだ。

 怖いし、寂しいし、もう一人は嫌だ。

 お腹も空いているし、喉も渇きを訴えていたけど、どう彼等に伝えたら良いかさっぱり分からず、ジェスチャーで何とかなるかなあと軽く考えていた。

 さほど上手でもないイラストをノートに書いて頼んでも分かってくれるかどうかも分からないなぁと思いながら、慌てて筆箱とノート、教科書に資料集が揃っている事を確認し、後を付いて行く事にした。



 彼等は歩く。

 無言で。

 まるで葬式の行列みたいだと思いながら付いて行く。



 子供も居るのに、静かにただ付いて行っていて、何だか不気味だと思う。



 そこで、彼等の格好に目が行った。



 薄汚れている。

 ボロ雑巾の様な外套を纏い、中の服装もボロボロの、確か貫頭衣、だったっけ? 

 そんな格好で、男性の一部は穴だらけで薄汚れてはいるがズボン? かなそれを履いている。

 手には杖代わりの木の棒。

 足に履いているのは、朽ちかけてるんじゃないかって位の布製っぽい靴。

 あれじゃ歩きにくい様な気がする。

 皆そんな靴だ。

 革製とか、スニーカーみたいなのを履いている人は誰一人として居ない。



 格好を見終えて真っ先に気になったのは、彼等の表情だ。



 何というか、やせ細って餓えた狼、みたいな感じがした。

 そう、良く見たら、全員、二十人位いる全員がだ、何だかうすら寒い感じの表情しか浮かべていない。

 あんな寒気さえ覚える表情の人達、私は今まで見た事が無い。



 何だか人種も日本人とは違う気がして、混乱する。

 一体どの人種なのだろう?

 ヨーロッパ系の人の様な気がするけど、薄汚れている肌からは正確には判断できない。



 そして彼等から臭ってくるのは、耐え難い悪臭。

 何日もお風呂に入っていないんじゃないかと言わんばかりの、強い臭いを全員が発している。

 少し離れて歩いていても臭ってくるって相当だと思う。



 ここは一体どこで、どうして私はここに居るのよ……



 カラカラの喉と、空腹を訴えまくっているお腹が影響し、何だか無性に泣きたくなった頃、彼等が止まったので私も止まり、どうしたのかと思っていると、彼等がしゃがみ、何かしている。

 私も近づいてみると、どうやら水が湧き出ている所があったみたいで、皆、何だろう、皮っぽい袋? 

 それに水を入れつつ、自分達も飲んでいるのが見えた。

 綺麗な水、だと思う。

 キラキラとしているし、濁っていないし、嫌な臭いもしていない。



 私も、彼等が水を入れ終え、飲み終わったのを確認してから、荷物を置いて水をすくい、飲む。



 ――――美味しい!!



 今まで飲んだどの水よりも美味しい。

 冷たいし、甘い様な気さえする。



 丸一日近く何も口にしていなかったので、最初は手ですくっていたんだけど、仕舞いには口を水に直接付けガブガブと、兎に角渇きとお腹が空いているのを何とかしようと、沢山飲む。

 身体に染み渡って生き返る!

 髪が濡れるのも気にせず、飲み続けた。



 ああ、本当に、水って美味しかったんだ!



 感動に打ち震えている私を置き去りにして、集団は移動してしまっていた。



 慌てて後を追う。

 臭い方に行けば良いから、割と探しやすかった。



 残り香がかなりきついとか、一体どうなっているのだろうかと思いつつ、後を追いかける。

 今の私に出来るのは、それだけだった。

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