第4話

 歩いていると、目の前を走り去った存在に目を瞬かせる。



 豚?

 豚だと思う。



 一頭だった。

 ピンクっぽい体の色。

 くすんだピンク、かな。



 頭が固そうな気がする。

 頭の色が灰色、だったと思う。

 そう、石っぽかった。

 それに結構大きかった様な気がする。

 体の高さは私の肩より高かったと思う。



 豚って大きかったっけ……?

 生きている豚とか見た事が無いから分からない。

 ペット用の豚は知っているけど、あれは小さく改良されているって聞いたから、また違うだろうし……

 食肉用って事?



 何だか生き物を立て続けに見つけて、ホッとする。

 今まで長い時間を歩いていたのに少しも動物に遭遇しなかったから、声だけして遠くに居るのだと思っていたし、良かったな。



 だって生き物が居るっていう事は、食べ物とか水とか近くにあるかもしれないし!

 神様ありがとう!

 やった、私の日頃の行いが良いからだと思っておこう。



 気が楽になった私は、水は近くにあるだろうと楽観視していた。



 だが、行けども行けども水は見つからない。

 生き物も見なくなった。

 声はするのに、姿がまた見えなくなってしまう。



 そういえば、さっきの豚が居たっていう事は人が近くに居るのかな?

 確か、お父さんが言っていた。

 豚は家畜として猪を改良したものだって。

 なら、逃げ出したのだとしても、人里は近いのかもしれない!



 水よりも、人里を探した方が断然良いに決まっている。

 人里、どこだろう?



 そう思ってキョロキョロ辺りを見回すけど、人の姿はまったく見えない。

 溜め息を吐いて、気が付く。



 そういえば、もう結構暗くなっている気がする!

 そう、最初にこの森に来た時と比べて、確実に暗くなっている。

 だって教科書を見てみると、確実に見づらい。

 うん、暗くなってる……!

 どうしよう!!



 私を圧倒する深い森は、その暗さを増し、圧迫感も威圧感も倍加している気がした。



 身体がカタカタと震えだす。

 怖かった気持ちがまた心から溢れて来て、ダムが決壊した様に堪え切れず走りだす。

 脇目も振らず、ただただ走る。



 不安が爆発して、もう何も考えられない。

 滅茶苦茶に走り回り限界まで走っていたんだけど、木の根か何かに足が引っかかって派手に転んでしまう。



 そして筆箱もノートも教科書も資料集も、勢いよく走っていた影響だろう、遠くに飛んでいってしまった様だ。

 森は暗くて、飛んでしまった持ち物が良く見えない。



 フカフカの絨毯みたいな地面だったからケガは無かったし大して痛くなかったのに、泣きそうになる。

 筆箱もノートも教科書に資料集は、今までの私にはそれ程大事な物じゃない。

 筆箱は大事と言えば大事だけど、特別といえるほどじゃない。



 でも、今の私には、私と元の場所を繋いでいる特別な物の様に感じていて、失ったら元の場所に戻れないんじゃないかと思えてしまう。

 だから泣いている場合じゃないと自分を鼓舞し、目を皿の様にして暗い中でも手探りと併せて私の持ち物を探していく。



 そうして周囲を必死に捜索しても、どうしても筆箱だけは見つからない。

 薄いピンクの可愛い物で、私はそれなりに気に入っていた。



 莉乃と一緒に買った、思い出の品。

 単に持ち物の一種と言えばそれまでだけど、それでも今は何より大切な、元の場所との繋がり。



 暗闇はちょっと目の前でさえ見えなくしていて、どうしようもなくて、何だか色々疲れてしまって、その場に蹲る。

 身体も心も思った以上にボロボロで、もう、何も考えたくない……動きたくない……



 気が付いたら、私は眠りに落ちていた。





 鳥の鳴き声と、獣の声。

 来た時より大きな声だと感じた瞬間、目を覚ます。



 どうやらウトウトしていたらしい。

 時計代わりに使っていたのはスマホだから、時間が分からず不安になる。

 それに、ちょっと肌寒いかもしれないと溜め息を漏らした。



 まだ周りは暗いから、それ程寝たわけでもないはず。

 そう思ってキョロキョロと見回し、手探りでノートと資料集、教科書を手にして安堵の息を漏らす。

 背にしていた木を伝って反対側に何となく移動したら、遠くに微かに明かりが見えた、気がした。



 もう一度、その場所に目を凝らす。

 やっぱり微かに明るい気がする。



 もしかして、人里かな!



 今までの萎んでいた気持ちがウソの様に軽くなり、小躍りしたい気分になった。

 そしてその明るい方に向けて、木を伝い伝い向かう事にする。



 真っ暗闇だから、手元も足元も全っく見えない。

 遠くに見える明かりだけが頼みの綱だ。



 暗闇に怯えながら、それでも頑張って進む。

 どれ位歩いたろうか……?



 段々明かりが大きく明るくなっていくのを感じられる様になってきた。

 良く見えないから分からなかったけど、明かりは一つだけだと認識出来るまで近付いている。



 明かりの周囲に、座っているのだろう人影も見えて、思わず脇目も振らずただただ走りだしていた。

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