第2話
どれ位呆然としていたのだろう。
森らしく遠くから漏れ聞こえてくる、獣や鳥のかすかな声におっかなビックリしつつ、深呼吸を何度も繰り返す。
何度も、何度も繰り返す。
私一人しかいない事にも動揺を隠しきれないし、訳が分からない。
兎に角、ここは、どこなのか、知らなくちゃ……
でも、どうやって……?
身体同様、思考まで縮こまり、ろくな案が出てこない。
何度目か分からない深呼吸の後で、手に握っている物が分かる。
音楽の教科書と資料集だ。
うん、これを持っているという事は、私は、本当に、あの場所から、移動してきた、という事、なのかな……?
自信がまるでない。
こんな突飛な事態に、どうしたって全身は絶え間なく震えているし、頭の中は、何故、何故、何故の大合唱だ。
誰かに攫われてここに来たにしては、手に持った持ち物もそのまま、というのは、ちょっと異常だと思う。
なら、攫われたのではない、という事……?
だったら、助けは、来ない、の……?
そこまで頭が回った時、唐突に脳裏に閃いた。
――――そうだ、スマホ!!!
震える身体に喝を入れ、ポケットからスマートフォンを取り出そうとする。
だが、手が震えて、ようやく掴んだスマホを地面に落としてしまう。
スマホが落ちた音は思いの他小さく、ここが土のふっくらとした森だと伝えてくる。
しゃがむと同時に鼻から入ってくるのは、草と土の匂い。
ピクニック好きの父と母に連れられて行く、キャンプ場の、匂い、だ。
思わず何かが込み上げて来て、目から滴りそうになるが、懸命に抑え込む。
今は、それじゃ、ダメだ。
うん、ダメ。
そうだ、スマホ、見ないと……
そう何度も言い聞かせ、スマホを拾いながら気が付いたのは、私の履いているのが内履きな事、だったり。
何故外用の靴ではないのかと理不尽にも思いそうになるけど、あの時履いていたのは確かに内履きな訳で、誰かが履き替えてでもしてくれていない限り、私の履物はこれな訳である。
自己分析し、なんとかどうにか納得させ、息を吐く。
どうにかこうにかスマホを手に持ち、震えて止まらないでいる指で操作する。
だが、電源一つ入らない。
――――……どういう事?
思考はまたフリーズしそうだが、とにもかくにも考える。
今朝まで充電していた、はず。
それから、特に使用した覚えはない、はず。
だって、今日は、氷川先輩や丹羽君、藤原君の動画とか見ていないし……
普通の使い方はしているけれど、特にそれで問題になった事は無い、はず。
だから、特にスマホを使っていない、はず。
――――なのに、どうして動かないの……!!?
折角差した希望の光は、急速に萎んでいく。
膨らんだ希望は、残酷に霧散する。
だけど諦めきれず、何度も何度も弄ってみる。
どうにかして起動しないかと色々と考え、出来る事はした、と思う。
素人の出来る事なんて、たかが知れていると思い知るのは、今では無くても良いと思う。
そんな愚痴が零れてあふれ、また頭の中はぐちゃぐちゃだ。
――――おとうさんが、遭難等のいざという時の説明をしていたのを、私は、右耳から左耳に垂れ流していた。
妹の美彩は、真剣に聞いて、肯き、メモも取っていたのも、思い出す。
……私は、なんてばかなんだ……!!
お父さんが、折角、真剣に教えてくれていたのに……!
元々は山歩きが趣味だったお父さんが、遭難してからは止めただとかも教えてくれていた!
そう、だからお父さんは、課外授業や校外学習の際、もしかしたらという事もあるだろうからと、小さい時から色々言っていたのに。
だが私は、それを馬鹿にしていた。
そんな事、ある訳がないと。
無駄な事に熱心なお父さんを、軽蔑さえした事もある。
そんな過去の自分を、今は殴りたい……!!
お父さんは、木の切り株から、太陽の位置を知る方法だとか、水の安全な確保の仕方とか、色々教えてくれていたのに……!
そうしてお父さんの沢山話してくれたものの中から何故か思いしたのは、人は水無しでは精々三日しか持たない、という、絶望的な事実だった。
取りあえず、何をしたら良い?
考えろ、考えて、頑張れ私!!
もう、何はともあれ、自分をじぶんでどうにか鼓舞するしか、正気を保つ自信がこれっぽっちも無い。
どうしてこうなったのか、ここが何処なのかもまるで分からない。
分かるのは、ここは森で、森には獣も居るらしい事と、スマホは一切使えないという事、水を見つけなければ三日で死ぬ、という事だけだった。
そう、先ずは水、水を探さなきゃ……
でも、川なんて、あるの……?
深い森に、挫けそうになる。
ともあれ、水を探す為に移動しなきゃ。
どっちに行ったら良いかな……
自分で考えたらおかしくなりそうで目ぼしい木の枝をさがしたけど無くて、仕方がないので、筆箱、と思い、筆箱が無い事に気が付く。
あれ?
どうしたっけ……?
思い出せたのは、あの光を浴びた瞬間、教科書とは反対の手に持っていた筆箱を、どうやら落とした事、だった。
後悔が過ぎる。
何か書くものでもあれば、色々違ってきそうなのに……
自分のどんくささに嫌気がさしそうになるが、取りあえず置いておいて、教科書を立ててみる。
教科書が左に倒れた。
なら、左側に行ってみよう。
そう結論付け、歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます