異世界へ行った話 ~矢野 美雨の場合~

卯月白華

第1話

 え!?

 何処、ここ!!?



 視界を埋め尽くす木の大群に、頭は大混乱状態。



 どうして? なんで? ここ何処……?



 思考が爆発状態になっているのは分かるけど、事態がさっぱり飲み込めない。



 まて、冷静に、冷静になれ!

 兎に角、今朝、起きてからの事を、ゆっくり、順番に、思い出してみよう!

 


 逃げかもしれないけれど、少しでも整理するために目を瞑る。






 そう、今朝は気持ちの良い目覚めで、気分も良かったのを思い出す。

 下に降りていつものダイニングテーブルで朝食を摂ったんだよね。



 対面式の台所で、お母さんは忙しなく私と妹のお弁当を作っていた。


「おはよう」


 私が下に降りて声をかけたら、朝食の席に既にそろっていた家族全員からおはようをかえされる。

 いつもの光景。


 母は忙しなくキッチンを行ったり来たり。

 これもいつもの風景。


「今日は、サンドイッチが良い」


 私が何度目か分からない言葉を半ば諦めつつ言ったら、母はやっぱりいつもの様に呆れた顔で


「家はお父さんがご飯党だからお弁当はなるべくご飯です。それにパンよりご飯の方が栄養あるのよ。ほら、ふくれない。仕方がないわね、ちゃんと夜にパンの献立にするから安心しなさい。休みの日だったら朝パンもできるわよ。今日はベーコンエッグなんだから、醤油かけてご飯食べちゃって。それから添えたミニトマトとベビーリーフも残さずね。あ、ワカメとネギと豆腐の味噌汁もちゃんと飲むのよ。体が温まるし体に良いんだから。ヨーグルトをかけたキウイとブルーベリーもちゃんと食べてね。生の野菜や果物から酵素はしっかり摂らなきゃ。女の子は特に必要だから。残しちゃダメよ」


「もう、うるさいなあ。分かってるわよ 」


 マシンガンの様に口うるさいお母さんはいつもと変わらずで不満顔に成る。



 そうして妹の美彩はいつもの様に呆れた表情で


「お姉ちゃん、パン好きだよねえ。こりもせず、お弁当にサンドイッチ要求する位」


 お父さんは苦笑しながら


「お母さんもご飯党なのに、どういう訳かお前はご飯よりパンだよなあ。レストランでいつもご飯じゃなくてパン頼むからな」


 美彩も続ける。


「そうそう。私達皆ご飯なのに、お姉ちゃんだけパン。変なの」


 私は妹を睨みつけながら


「何よ。私だけ仲間外れみたいに言わないでよ。今の人はパン派は多いんだからね! それにベーコンエッグにはパンが普通でしょ! ご飯とかおかしい!!」


 美彩は相手にしていないといった風に


「はいはい。お母さん、ちゃんと出来る時はパンメインで食事も弁当も作ってくれるでしょ。そんなに言うならお姉ちゃんも私と一緒にお母さんを手伝えば良いと思うよ。それに早く食べないと学校遅れちゃうから。歯磨きもしなくちゃいけないし。制服に着替えもしなくちゃいけないでしょ」


 年上の様に窘める妹の美彩に、


「もう、分かってるったら! 年上ぶらないでよ。もう」


 お父さんは呆れた様に


「美雨は美彩より幼く感じる事があるからなあ。二つ違いだからそう差は無いと思うぞ。世の中に出れば年上も多いんだし、年齢はあんまり関係ないと思うが」


 本当に頭に来る。

 美彩は、私より背も高くて、幼顔の私より大人っぽくて綺麗系な美人さん。

 その上身長は私より上なのに、私より体重が軽いのだ。



 何処までいっても平凡普通顔で、どちらかといえば可愛い系な私の理想を体現していて、本っ当に羨ましい。

 少しでも、妹みたいに綺麗で背が高かくてスタイルも良かったらなあと思うのに、神様は私の願いをちっとも叶えてはくれない。



 家族で可愛い系な容姿は私だけで、それも、辛うじて可愛い系に見えるという位のもので、ほんっとうに私は普通で平凡な容姿。

 スタイルだって並中の並。

 人に紛れる事必死で、目立たない。

 本当に、どっから遺伝したのよ……

 一応、美容師さんに言われてミディアムな髪型ではあるけど、自分としてはロングの真っ直ぐで綺麗な髪に憧れていたりする。

 ああ、ちょっとだけでも今より綺麗でスタイルが良かったり髪も艶々だったら、ファッションだってなんだって、現在より勇気が出せるのに……



 ダイエットも長続きしないし、直ぐに体重が戻っちゃうのも頭に来る。

 絶対お母さんの所為だ。

 栄養を考えているのだし、無理なダイエットは成長期の体に悪いとか言って私に食事を摂らせるからに違いない。



 私が色々な理由で頬を膨らませていると


「ほら、膨れてる間に朝食が冷めちゃうでしょ。早く食べちゃいなさい。遅れるわよ」


 綺麗系な容姿の、年齢より若く見える母まで追撃してきて、私はふくれっ面のまま学校へと向かったのだ。





 学校に着くと、私に気が付いて声を掛けてきたのは友人の小川 莉乃おがわ りの


「美雨、どうしたの? 機嫌悪っぽいけど。何かあった?」


 私は溜め息を吐きつつ


「うん、ちょっとね。妹が生意気で困るよ、本当に」


 莉乃は肯き


「分かる分かる。私も三つ下の弟いるけど、生意気だよ。まあ、頭にくるよね」


 それに強く肯く。


「そうなのよ。もう、何とかならないかなあ」


 莉乃も肯き


「だよね。いっそ居なくなれって思うけど。でもさ、居なくなったら、やっぱ寂しいと思うってなんとなくだけど思うから、本気では思えないかな」


 私も苦笑する。


「まあね。本当にいなくなったら、やっぱり寂しい、かも。お父さんもお母さんも鬱陶しい事あるけど、いなくなったら困るし、何より、嫌、かな」


 突然ざわざわとする周囲に、莉乃は廊下に出て行こうとする。


「美雨、氷川先輩か丹羽君か、藤原君かも! 行こうよ!!」


 私も慌てて続く。


「待って! 行く行く!」


 そうして見た廊下には、氷川先輩も、丹羽君も、藤原君も、居ない。


「あれ? 居ない?」


 私が呟くと


「もう教室に入っちゃったらしいよ。どうも丹羽君だったみたい。ああ、損したあ。朝の幸せが失われた感じ……本当に、目の保養なのになあ」


 どうやら周囲に聞いてくれたらしい莉乃に感謝しつつ、私も溜め息。


「ああ、そっか。残念。丹羽君だったのか……」


 丹羽君は、妖艶な凄いイケメンさんだ。

 ちなみに、氷川先輩は冷たい感じのイケメンさんで、藤原君はワイルドな感じのイケメンさん。

 それぞれタイプが違うけど、ほんっとうに格好良いのだ。



 他に笹原君とか、設楽君とか、村沢君、安藤君に酒井君、南野君なんかが格好良いと評判だったり。

 他だと日向先輩は、強面だけど格好いいという隠れファンが結構いる。

 私も莉乃もこの学校に中等部から通っているんだけど、氷川先輩と藤原君が幼稚園からこの学校で、丹羽君と村沢君、南野君が初等部からこの学校。

 他のカッコいい人達は中等部からなのだ。



 現在の生徒会の人達も容姿が優れた人ばかりだから人気だけど、どうやら他のカッコいい人達とは仲が悪いという噂がこっそり流れていたり。

 真相は分からないけど……



 たぶん、この学園への入学時期が関わってくるのだと思う。

 幼稚園からの人達は特権階級だから……

 児童会や生徒会に入れるのも幼稚園からの人達だけだし……



 氷川先輩と藤原君は異質、だとかなんとか生徒会の人達が言っていたらしいとかは聞いている。

 あの二人は他の特権階級の人達からはある程度距離を置いているからだそう。


 

 ただ、氷川先輩は生徒会長を去年までしていたけれど、今の生徒会長の真宮先輩より敷居が高かったと言われていたり、藤原君は次期生徒会長の最有力なのだとも言われていて良く分からなかったり。



 情報だけは色々知っている。

 もっとも、それを活用する機会は無いんだけどね。



 なんとかお近づきになりたいが、凄い人気で、私も莉乃も遠巻きに見ているしか出来ないヘタレである。

 そういう子達も結構いるから、密かに撮った画像とか動画とかを手に入れて、こっそり楽しむ人も多かったり。



 もっと容姿が良かったら勇気が出せたかもしれないのに、こんな平凡顔じゃ、並んで歩いたら自分が惨めになるだけだ。

 本当に、如月さんみたいだったらなあ。

 綺麗系にも可愛い系にも見える、それはもうこれぞ優美な正統派美少女の鏡みたいな人で、あんな外見だったら、ずっとずっと自信持てるのに。

 藤原君とも仲が良いらしいとか、氷川先輩や丹羽君とも幼馴染で親しいだとか聞いているから、羨ましくて堪らない。

 せめて如月さんとは言わないまでも、華やかでモデルみたいな仁礼さんとか、一組の背が高くて綺麗系の近藤さん、三組の清廉な印象の美少女な清水さん、向日葵みたいに輝いてる美少女の長谷部さん、二年の、背が高くてキリッと格好良い宝塚の男役みたいな中村先輩位の容姿で生まれて来たのなら、全部世界が違ったのだろうと溜め息を漏らす。



 仁礼さんは丹羽君とも親しいと聞いているし、長谷部さんは笹原君と良い感じだとか、中村先輩は日向先輩と仲が良いらしいとも聞いている。

 如月さんを始め持っている人は運まで良いのかと神様を恨んじゃうよ、本当に。



 折角の丹羽君を生で見る機会を逃がしたり、やっぱり朝から運が悪いと思いつつ、一時間目、二時間目と普通に、いつも通りに終わり、三時間目。


「美雨。私先生に頼まれていた事あるから、先に音楽室に行ってて」


 そう莉乃は行って教室を出て行き、私は他の友人と音楽室へと向かった。



 そして音楽室へと向かう途中で、光に包まれた、と思う。

 身体が蒸発してしまいそうな程に強い光だった、と思う。



 それから何故か目を開けたら、この状態、なのだ。



 うん、記憶に間違いは、無い、と思う。

 他の人が誰一人としていないから、確かめるすべはないけど、大丈夫、なはず。



 名前、私の名前は、矢野 美雨やの みう

 うん、大丈夫、記憶に違いは無い。



 そうして現実に立ち返り、三百六十度の視界を埋め尽くす深い森に、縮こまる事しか出来なかった。

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