267 闘技場の夜 5
「ごめんごめん、待たせちゃった? まぁ、直感で答えるなって釘を刺されていたからね。それなりの考えを持って結論を出させてもらうよ」
丁度ワインが一瓶空いたところで、アンリはユーシャダイを見据えた。
「構いません。むしろ、少し意外でした。あなたがここまで真剣に考えるとは」
「あはは、あれだけ脅しといてよく言うよ。まぁ、僕は自分の意見を主張するのは嫌いじゃないからね。ストーリーテリングも考慮して結論を出したんだ」
アンリが
「答えを伺っても?」
「あぁ、結論から先に言うとね、僕は────正義だ。」
ユーシャダイは少しの間硬直し、意外そうな表情をして天使もどきを見上げる。
天使もどきが何も行動を起こさない事、天使もどきが所持している天秤に何も反応が無いことを確認し、再びアンリと対峙した。
「先ほども申したが、私はこの大陸を少しだけ見て回った。生贄の村、ゴブリンの巣窟、徹底的な迫害の実験場。巧妙に隠していても魔力の残滓から看破できる。あれはあなたが主導、もしくは関わっているものだ。失礼ながら、あなたは悪にしか見えない」
いつの間にか、ユーシャダイの右手はグラスではなく剣を握っている。
同時に、場の空気は一変し、圧力が増す。
「理由を聞かせてもらっても?」
それでも、アンリはまるで子供に話しかけるような穏やかな笑みを浮かべ、ユーシャダイの視線を正面から受け止める。
「勿論さ。まずは、僕の感覚で考えたんだ。まぁ、直感かな。そうすると、僕は正義だ。それも完全な正義。僕は、何も悪いことはしていないからね」
ユーシャダイが反論しようとするが、まあまあとグラスに注ぎながらアンリは言葉を続ける。
「だけど、それは僕自身だから言えることだ。僕にとっては正義でも、僕と相対した人にとっては悪かもしれない。最近でいえば、レイジリー王国との戦争を考えてみてよ。レイジリーの人達からすれば、僕は悪に見えたかもしれない。でも、レイジリーに従属させられていた国からすれば、僕は紛れもない正義だったんだよ。そんなことはよくある話さ」
アンリはわざと寂しそうな顔を作り、囁くように続ける。
「あの戦争、君はエリュシオンのほうが悪いと思ってそうだけどね」
「いえ、申し訳ないがその戦争については存じていない。私が誕生して一日も経っていないので、過去の情報収集はできていなかった」
「……は?」
今度はアンリが天使もどきを見上げる。
アンリとしては、同情を誘うことでユーシャダイが咄嗟に嘘をつき、天使もどきを召喚した本人が裁かれることを、少なからず期待していた。
「失礼、脱線しました。先ほどの話の続きをどうぞ」
しかし、あまりにも突拍子のない話を聞き、それが真実である可能性が高いことに驚き、二の矢を打つタイミングを見失ってしまう。
そもそも、嘘をつくことがNGというルール自体が嘘なのかを疑ったが、最初の直感を信じ、この場では忘れることにした。
「例えば、僕の知り合いに、人間を100人は優に殺してる人がいるんだ。虐殺したといっていいのかな。その人、君は悪だと思うでしょ?」
ユーシャダイが答える前に、アンリは言葉をつなぐ。
「だけど、その人は英雄さ。アフラシア王国最強のSランク冒険者、ディランさん。あの誰もがあこがれる英雄が……あぁ、君は生まれたばかりだから知らないのか」
「ディラン殿を存じてはいないが、アフラシア王国の英雄が何人もの命を奪ったとい事実は、確かにあるのでしょう」
「だからね、そもそも、善悪の判断が曖昧なんだよ。君が僕を悪だと決めつけているのはね、君が駄目だと言った直感に過ぎないんだ」
「ふむ、言わんとすることは理解した。ならばなぜ、善悪の判断は曖昧であるにも関わらず、あなたは悪では無いと言い切った。先も言ったが、この国の状況は悲惨という言葉では片づけられない。それを主導しているのはあなただろう? あれが悪ではないと?」
「善悪の定義は難しい。だからね、僕はルール、つまり法律に則って考えてみたんだ」
ユーシャダイのグラスに入ったワインは減らないが、アンリは構わず更に注ぐ。
まるで、この異様な空間そのものを楽しんでいるようだった。
「君がこれまでどこで何を見てきたかは大体想像がついたけど、それらの行動にはちゃんと意味がある。真っ当な理由だ。君にとっては悪に見えたかもしれないけど、どうしても必要なことなんだ。その理由を一つ一つ説明することは、エリュシオンの内情でもあるし、正直秘密にさせてほしいかな。詮索してくれないでいるとありがたいんだけど……」
アンリの真剣な表情に押され、ユーシャダイは追及すべきか少し考える。
その少しの間を、アンリは了承と解釈したかのように、言葉を続けた。
「ありがとう、助かるよ。法律の話に戻るね。僕の行動を法律に則って考えると、無実なんだ。全くの無実。勿論、エリュシオンの法律が僕に有利な法律になっているとかじゃない。現に、エリュシオンだけじゃなくて、僕が昔住んでいたとこの法律でも、今僕がしていることは無実だよ」
「…………」
ユーシャダイが反論できないでいると、アンリから追撃の言葉が発せられる。
「君が僕の何を疑っているかは知らないけどね、僕程出来た人間はいないよ。なにせ、世界の人間が全て僕になればいいと、僕は本気で思っているからさ。そしたら、なんて平和な世界ができるんだろうね」
動く様子の無い天使もどきを見上げて、ユーシャダイは顔を顰める。
顔を顰めたのは、狂愛の世界から戻ってき、アンリの言い分を聞いていたカスパールも同じだった。
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