261 召喚1

 アンリの世界征服宣言。

 いや、それは征服などという優しいものではない。


 元々、アンリは自身が”傲慢の大罪人”になるために、エリュシオンと属国の人口を増やそうとしていた。

 体内にマイクロチップを投入できる人口を増やすことで、大罪人の探索を進められるからだ。

 だが、ペリュシオンとレイジリー王国を焦土にした経験から、こう思ってしまった。


 あれ? こっちのほうが楽じゃん。


 どうせ”傲慢の大罪人”は殺処分と決まっているため、大罪人を探索することが二度手間であると感じたのだ。

 早く永遠を掴んで安心したいアンリは、多くの命を巻き込んでしまうとは認識しつつも、探索というフェーズを除外することにした。


 つまりこれは、純粋なる殺戮宣言。

 全生物の鏖殺おうさつ。全種族の根絶やし。

 一切の慈悲も救いもない、鬼畜の所業だ。


 アンリは皮肉めいた笑みを浮かべる。

 成程、こうなると”死ノ神タナトス”という二つ名は悪くない。

 これまでは自分に”死”が纏わりついているようで嫌だったが、自分が永遠を掴む必要経費としての他人の”死”であれば望むところだ。

 称した者はこうなることを予見していたのかとさえ思えてしまう。モスマン亡き今、二つ名を付けた者を占い師として雇うべきだろうか。


「<神の杖ロッズ・フロム・ゴッド>をポンポン落としていけば楽だけど、流石に地球の命も心配だしなぁ。先のことを考えると生物もなるべく殺さないほうがいいのは分かるけど、この際仕方ないよね。んー……どの国から潰そうかなぁ。誰かサイコロ持ってない?」


 仮にも国のトップである男が吐いていい台詞ではない。

 まともな国であれば糾弾され、そうでないにしても何かしらのしこりを残すものだ。


「かっはっは! 順番などどうでもいいじゃろうが。北か南か東か西か。お主が好きな方向を決めるだけでよい」

「剣を振るだけなら俺に任せてくれよアンリ。順番が決めるのが面倒なら、他国全部に宣戦布告したらいいんじゃないのか?」

「それは早計すぎますバルタザール。この世界の強者を私達は把握していません。ある程度は分析しつつ選定するべきです。急がば回れと言いますから」


 だが、この場にいる者は、トップだけではなく配下もまともではなかった。

 完全に肯定され、トントン拍子にこの後の計画が決まっていく。


 アンリの望む通りの展開であり、アンリが望むということは三光が望む展開だ。

 加速はすれど、止める者など誰もいない。

 もし異論を唱える者がいれば、首を刎ねられるなど生易しい未来は待っていないだろう。


「よし、ターゲットの優先度はメルに任せるとして、全体方針は固まったね。次は具体的な──」


 だが、幸か不幸か会議は中断することとなる。


「──っ!!?」


 突如発生した大きな魔力の波動。奔流。

 爆発とも感じられたそれに三光の顔は固まり、アンリすらも身構える。

 それほど大きな魔力を肌に感じたのだ。


 皆が身構え、何も起こらず数分が過ぎた後にアンリが呟く。


「…………今のは? 結構な力だったよね」


 誰も明確な回答は持っていない。


「……異常事態じゃな。お主が遠くで暴れておるのかと思ったぐらいじゃ」

「何何何? 今のってアンリの仕業じゃないのか?」

「北西。距離はかなり遠いです。にも関わらず私達がここまで危機感を感じるとは……今頃世界は大混乱ですかね」


 突如感じた大きな魔力の発生に、一同は国を潰して回るのは先延ばしになったことだけは悟ったのだった。






 場所は変わり、エリュシオンとは遠く離れた地、ユーリッシュ。

 アンリの前世で言えばアイルランドに当たる国だ。アイルランドといっても技術的特異点シンギュラリティの余波を受け、大陸の7割は削れてしまっている小さな島国は、お世辞にも栄えているとは言えない小さな国だった。

 そんな島国の中でも辺境と言っていいほどの端に建てられた神殿は、ハチの巣を突いたような騒ぎとなっていた。


「教皇様!! 教皇様!! おられますか、教皇様!!」

「今のは一体!? 教皇様! 教皇様! 私達はどうすれば!?」


 至る所から響いてくる自分を探す声に、初老の男、ステイルベン・ヤードバッハは焦燥感に駆られていた。

 皆が自分を探している理由は分かりきっている。つい先ほど大聖堂で強大な魔力が発生したことが原因だろう。

 できることなら翌日まで知らんぷりをし、ある程度騒ぎが落ち着いた段階から事態の収束を図りたい。だが、教皇という立場に就いている以上それはできない。それほど大きくない教会で一晩身を隠す自信も無く、結局は名乗り出ることにした。


「聞こえておるわい! まずは彼の者を出迎えねば失礼じゃろうが!」


 ステイルベンは大きな声を上げながら部屋の扉を開ける。

 緊急事態だ。出てきた部屋が三日前に修道請願を立てたばかりのシスターの部屋だったことも、寝台で寝ている女の衣服が乱れていることも捨て置いていい問題だろう。

 実際には今後の権威に大きく関わってくるのだが、ステイルベンは予想だにしていなかった事態に焦っていた。パニックに陥っていたのだ。


「わ、分かりました! 今すぐ皆で大聖堂へ向かいましょう!」


 ステイルベンを探していた者達は更に余裕が無かった。

 120度を見渡せるはずの視界は、求めていた人物ステイルベンしか映していない。

 全員が大聖堂へ走っていくのを見て、ステイルベンは待ったと大声を上げる。


「耐魔の魔法具を持っていない者は下がっておれ! 下手をすると死ぬぞ!」


 滾る魔力は離れている修道女の意識を刈り取るほどだ。これが自身のテクニックであったのなら喜ばしかったが、今確認できる修道士の数が少ないため、他にも意識を失った者が大勢いるのだろうと推測できる。


 魔力の中心は大聖堂だ。

 魔法を修めている修道士達でも、あれに直接当てられたら一瞬で意識を刈り取られるだろう。

 下手をすると死ぬというのは、大袈裟でも何でもない本気の忠告だった。


 結局、最初に大聖堂へ到着したのはステイルベンになってしまった。

 扉を開ける直前。両手に力を込める前に思わず愚痴がでてくる。


「誰も呼び出しておらんのに、勝手に召喚されてくるなよ、勇者様……」

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