258 不機嫌

 エリュシオン冥王国の首都ゾロ・アスタ。

 その中心に建てられた王城の更に中心、玉座の間にて、豪華な椅子に足を組んで座る少年がいた。

 大きな玉座に座る少年は小柄で、なんともアンバランスを感じさせるが、ワイングラスを片手に持つ姿は堂に入っている。

 少年と相対しているのは、この国では特に身分が高い三人だ。


「えぇと、困りましたね」


 その言葉とは裏腹に、メルキオールの声には感情が乗っていない。

 それもそのはず、AIであるメルキオールには感情があれど、それを声に乗せるという機能は持ち合わせていなかった。


 本体──といってもAIあいのコピーではあるが──は普段アンリの魔法の原典アヴェスターグに宿っているが、今の発言をしたメルキオールは機械でできた一つ目のモノアイ型探索機に宿っている。大きさで言えばソフトボールぐらいだろうか。探索機といっても何か冒険をするのではなく、魔法の原典本体から離れて作業が必要な時はもっぱらこの形態をとっていた。データである自分が具現化していることが大事なのだ。


 ”神光”の二つ名を冠するメルキオールとしては、神をも導く光となるよう現状を打破したいところだ。行政府の長としても、何もせず指を咥えているのは職務放棄にあたるだろう。だが、何をすれば解決するのか、そもそもなぜこのような状況になっているのか、過去のデータをひっくり返しても分からなかった。


 メルキオールは誰かに救いを求めるかのような、凡そAIとは思えない挙動を示し隣を見る。


「どどど、どうしよう……俺、なんかしたのかな……お、落ち着け……まだあわあわあわやばやばやば……」


 バルタザールは冷や汗を流しながら膝をついており、いつも背負っている巨大な棺桶は傍に置いている。

 青い肌に大きな体躯。一見魔族のようではあるが元は人間であるバルタザールは、エリュシオンにとってそれなりに重要な人物だった。

 ”雷光”の二つ名を持ち、最高司法長官を務めている彼は争いごとが専門だ。普段は指示のままに刀を罪人の尻に刺して回っているだけなので頭を使うことなど稀であり、現状の解決方法など考えられるわけもない。そのことは自分が一番よく理解しているため、正直なところ今は思考を放棄し、どうか悪いようになるなと願っているだけだ。


「る、ルミス……俺、大丈夫かなぁ」


 バルタザールは自身が抱えている生首に声をかける。

 過去に死んだ最愛の幼馴染を模した生首ルミスは、いつもバルタザールの進む道を示してくれた。

 しかし、今回に限ってはルミスにも想定外なのか、何も口を開くことは無い。

 そうなれば、バルタザールがとる行動は決まっている。


「俺、やばいのかなぁ……大丈夫かなぁ。大丈夫よバアル、あなたは何も悪くない。そ、そうだよねルミス? 俺、悪くないよね? えぇ、勿論よバアル。いつもと一緒。いつも通りご飯を食べて、いつも通り寝ましょう。あぁ、そうだねルミス、その後、いつも通り口づけしよう」


 自分の中に無理やり二つ目の人格ルミスを作り出し、自己肯定に努めるのだ。

 一人で声色を変えブツブツと呟くバルタザールを、隣で膝をついているダークエルフのカスパールは冷たい目で一瞥した。


「やれやれ……このような壊れた男がわしの同僚とはな」


 彼女は冒険者として有名で”閃光”の二つ名を持ち、エリュシオンでは国民の投票という名の総意により、国会議員議長を務めている。

 健康的な褐色の肌に、宝石のように輝く銀色の長髪。小悪魔のようにあざとくスキを見せる顔に、煽情的に男を誘う豊満な体。世界中の美を凝縮したかのような彼女が歩けば、有名だということを差し引いても男女問わず振り返ってしまうだろう。

 周りから多くのアプローチを向けられるが、カスパール自身の愛情は全て一人の男に向いており、それ以外の全ての要素は鬱陶しいとしか思えない。だからこそ、彼女は”嫉妬の大罪人”の烙印を押されたのだ。


「こんなイカれ男と協力できるわけないじゃろうが……」


 立法、行政、司法にそれぞれに独立した権力を持たせ、国が暴走しないような仕組みを建てつけたメルキオールは、カスパールの呟きを訂正する。


「別に私達は協力する必要はありません。私達は三竦みであることが三権分立に必要なのです」


「くだらん。そのような上辺だけの話、今この場でする必要はないじゃろうが。わし達は結託し、主の理想を具現化するだけの存在じゃ」


 普段のメルキオールであれば、いくらでも反論は出てくるしするだろうが、今は口を開くことは無い。

 なぜかカスパールに自分の母の面影を重ねてしまい、反論することが無謀に感じてしまっていたのだ。

 実際にカスパールの魂にはメルキオールの母の魂が微々ながら交じり合っている状態なので、機械ながら直感で感じた感覚は正しいものだ。


 話は終わったと判断したカスパールは、姿勢はそのままに顔を上げる。

 その顔には若干の焦りが滲んでおり、それは程度の差はあれど三者に共通したものだった。


 ”神光”のメルキオール。

 ”雷光”のバルタザール。

 ”閃光”のカスパール。

 エリュシオンの国営を担っている三者は、その共通する二つ名から”光の三賢者”と呼ばれている。

 エリュシオンでの権力や影響力は高く、各々の戦力も申し分ない”光の三賢者”であれば大抵の揉め事など解決するだろうし、三者が集まれば戦争にでも向かうのかと邪推してしまう。

 数か月前、エリュシオンに喧嘩を売ったレイジリー王国に生息する生物を鏖殺し、大陸全土を死の大地にしたことを踏まえれば、そもそも喧嘩を売ってくる者は稀なはずだ。


 一見敵などおらず、自由気ままに生きている三者でも畏怖するものがあった。


「…………はぁ」


 声に釣られ、カスパールと同様にメルキオールとバルタザールも顔を上げる。

 玉座に座っているのはこの国の象徴として君臨する冥王、アーリマン・ザラシュトラだ。

 そろそろ15歳の誕生日を迎える彼の体は、普段は全く鍛えていないのか華奢と言ってしまっていいだろう。

 色白で小柄な黒髪の少年。しかし、光の三賢者の目には途方もなく大きな存在として映っていた。


「アンリ、そろそろいいじゃろう? お主がそこまで怒っておる理由を聞かせてくれぬか?」


 アンリは普段は温厚なほうだ。部下の失態も笑って許し、気に入らない存在がいても笑顔を崩さない。

 だが、いざ逆鱗に触れた時は恐ろしいものがある。

 これまでにアンリの逆鱗に触れた者達の末路を見れば、それはドラゴンの尻尾を踏むどころではなく、死神の鎌に首を掛けると比喩した方がまだ納得ができるだろう。

 ”憤怒の大罪人”の烙印を押されているのだ。それこそ、世界で一番怒らせてはならない人物という証明だ。


 アンリは膝をつく光の三賢者を一瞥する。

 三者を視界に入れただけで、抱えている怒りは更に強大なものになり、三者を襲うプレッシャーは鉛のように強く圧し掛かった。


「ご、ごめんよアンリ! 俺、何したか分からないけど、本当にごめん!」


 たまらず両手を地面についてバルタザールは、早く解放されることを願い大声で謝罪を始める。

 しかし、理由が分からずでの謝罪なので、中身は全くないものだ。

 圧に耐えられなくなっただけの、本質を改善できない逃げの行為とも言っていい。

 それも仕方ないのかもしれない。

 絶対に怒らせてはいけない冥王、アーリマン・ザラシュトラが、自分達へ明確な怒りを抱いているのだから。

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