254 選別4

 選別という名の首狩りが始まっていた。

 カスパールは事務的ではあるが、シュマは段々と楽しくなってきていた。

 彼女にとっては、イチゴ狩りや林檎狩りに近いのだろう。

 悲鳴の音量は大きくなるが、発生源の果実たちは段々と少なくなっていく。

 

「あ、アピール……? そんなこと言われても……」


 地獄のような光景を前に、ソニアの顔は悲壮そのものだ。

 生まれてこのかた、特技と呼べるものが無ければ趣味も無かった。

 そういったものができる頃には怠惰により傀儡にされ、給仕をする以外に許された行動が無かったからだ。


「ど、どど、どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 かといって給仕が得意かといえば、そんなこともない。

 要領が悪いと自覚しているソニアは、未だ合格者が出ない選別をパス出来る気がしなかった。

 だが、諦めれば確実に首は飛ぶ。

 生き残るため、何かヒントを探そうと地獄から目を逸らすことはしなかった。


「わ、私は外見に自信があります!」


 今はスイレンが選別されていた。

 スイレンは、自分で言うのも納得できるほどの美人だった。

 ネスからその美貌を買われ、夜伽を条件に唯一仕事を免除された程だ。

 果たしてそれが幸か不幸かは分からないが、とにかくソニアはスイレンの見た目を羨ましく思っていた。


「ほぅ、自信があるか。どこにじゃ? 胸か? 尻か? 脚か? よもや顔などとは言わんよな? そんな成りで喜ぶほど、アンリが低俗だと訴えるか?」


 だが、スイレンが相手にしているのは世界中の全ての美を凝縮したダークエルフ、カスパールだ。


「い、いえ! まさか皇様のお目にかなうとは思っておりません!」


 急ぎ、スイレンは軌道修正した。

 生き残るために、ハードルを下げたのだ。


「ですが、一般的な異性には惹かれる物があると自覚しております! 皇様とは言わずとも、どなたかの側室に……い、いえ、裕福な商人へご紹介いただければ……い、いえ、夜の店で働かせていただけたら……」


 冷めたカスパールの視線を浴び、スイレンの言葉は弱弱しくなっていく。


「……しょ、娼館でも結構です! 私は、選ばれるだけの美を持っています!」


 スイレンは、己の思いつく限りでの最低ラインまでハードルを下げた。

 だが、それはカスパールからみれば贅沢過ぎた。


「かっはっは! 美を持っておるか。残念じゃがな、それは何の意味もない。エリュシオンではな、美は買える。じゃからな、そんなものよりお金を稼げるほうが、何百倍も意味がある。お主は不合格じゃ」


「待っ──」


 ──弁明は許されなかった。

 スレインもまた、首だけになってしまったからだ。


「どどどどどうしよう、あぴーる、あぴーる」


 いつもよりほんの少しだけオシャレをしていたソニアは、僅かな希望すらも打ち砕かれた。

 スイレンの美貌で不合格ということは、外見で受かる者はレイジリー王国では皆無ということだ。


「さて、次はお主の番じゃ。お主はどうやってエリュシオンの役に立つ。何かアピールできることはあるか?」


 ついには、恐怖の声が隣までやってきた。

 今回質問された者は、ソニアの唯一の友、リリーだった。

 ソニアはまるで自分の番のように、緊張し肩を震わせていた。


「……わ、私がアピールできることは──」


 とはいえ、リリーはこれまで料理しかしておらず、先にレイジリーで一番の料理人が不合格になっていたことを考慮すると、生き残る可能性は低い。

 友の首が無くなるのを見たくないソニアは、目を閉じ奇跡を願っていた。


「──友情です!」


 その声に、ソニアは思わず目を開ける。


「私は、友を何よりも大事に思うことができます!」


 心にくるものがあったのか、ソニアは隣のリリーに振り返り──


「不合格」


 ──友の首が飛んでいく瞬間を目撃した。

 斬られた首の勢いは凄まじく、ねずみ花火のように血をまき散らしながら宙へ飛んでいった。

 至近距離にいたため、返り血がソニアの顔面を濡らし目が痛むが、なぜだか目を背けない。


「他人を思うことではなく、他人に思われることが重要じゃろうが。思われるためにまず思う。お主が誇っていることは、本丸の一丁目一番地よ」


「うふふ、先生。今更説教しても、もうその子に耳はないわ。耳、というより首が無いのだもの」


 すでにハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けているソニアの前に、シュマが歩み寄る。


「次はあなたの番よ? あなたはどうやってエリュシオンの役に立てるの? 兄様あにさまの役に立てるの?」


「ぁ……ぁあ……」


 生き残るために、人生で最も大事な場面だ。

 それでもソニアは未だリリーの死を受け入れられず、最適な答えを導きだせない。


「ぁあ……リリー……リリーが…………」


 最適な答えどころではない。

 何一つ言葉を出せなかった。


「うふふ、残念、何もないのね? 不合格よ」


 だが、自分が死ぬことだけは理解した。

 パニックになったソニアは頭を抱え蹲り、今際の際に口から言葉が飛び出した。


「助っ! アンリ様!」


 その言葉は、初めてシュマの剣を止めた。

 カスパールもまた動きを止め、驚愕の表情でソニアを見つめる。


「聞き間違いではないわよね? あなた、今兄様あにさまのお名前を? 一体なぜ?」


「ぇ? いえ、その……助けて」


 ソニアは的確に答えられない。

 ソニア自身も分からないからだ。


「よもやお主、アンリを好いておるのか? アンリがお主と話していた記憶はないが……一目惚れというやつか? 確かに何人かの使用人とは廊下ですれ違ったが、本当に一瞬じゃったはず……」


「まぁ! あなた、そうだったの!? だったら合格よ! 合格! 兄様あにさまの素晴らしさを一瞬で理解するなんて、簡単だけどそれが出来ないお馬鹿さんばかりで困っていたのよ」


 選別での生き残り方を見つけた一同の顔は、一気に明るいものとなる。

 ソニアも助かったことを理解し、涙を流す。

 間接的に自分を救ってくれたアンリを、心から慕うようになっていた。


「はい、はい、私はアンリ様が大好きです。私などのような身分では恐れ多いことではありますが、一目見た時からどうしようもなく想ってしまうのです」


「えぇ、分かるわ。大丈夫、身分なんて関係ないわ。信仰は自由であるべきだもの。あなたは今のままで、あるがままで素敵だわ。うふふ、えぇ、本当に素敵なことよね」


 生き残るための唯一の解答を示したソニアは、ついさっき友の首が飛んだことを忘れ破顔した。


「ありがとうございます、ありがとうございます、本当にありが──」


 ──そして、その笑みのまま首が飛んだ。

 シュマは首を傾げ、首を飛ばしたカスパールを見る。


「くふ、くふふふ、アンリにたかる蛆虫共が。想うのは自由じゃが、想われる側の身にもなってみろ。鬱陶しいじゃろうが、耳元でぶんぶんぶんぶん。愛してよいのは、愛されておるわしだけじゃろうが。くふふふ、わしが愛されておる。くふふふふふ。ま、まぁ、少しは大目に見てやるとするか。首のままなら、アンリを愛することを許可してやらんでもない」


 ナニカが憑依したかのように普段の様子とは違うカスパールだが、シュマはそこまで気にすることは無かった。


「うふふ、まぁ、信者の数は多ければいいってものじゃないわよね。これも一つの信仰、兄様あにさまのお導きなのかしらね」


 生き残りの道への全ての解答は閉ざされた。

 今回の選別で生き残った者は0だった。

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