253 選別3
アンリをどう思うか。
イワンは簡単な質問に対し、ああでもないこうでもないと思考を巡らせている。
何をそんなに考えることがあるのかと、カスパールとシュマは本気で不思議に思っていた。
「どうした、何を考えておる。さっさと本心を述べよ、また嘘でもつこうとしておるのか?」
「う、嘘など考えていません!」
「ではさっさと答えよ。エリュシオンの皇アンリをどう思う」
ずっと考えない日々を過ごしてきたのだ。
今の1分程の間に、イワンは一生分の思考力を使ったのかもしれない。
「エリュシオンの皇、アンリ様でしたか。私は遠目でお姿を拝見しただけでしたが、貴族らしいといいますか、良くも悪くも、えぇ、出で立ちはお見事で、えぇ、気品が溢れ出ておりました」
イワンは話しながら、カスパール達を見つめる。
「あの若さで皇になるとは、余程なのでしょう。何がと言いますと……えぇと、その血筋が素晴らしい……いえ、血筋だけでは人を判断はできない。能力は……どうでしょう。えぇ、素晴らしい……ですよね。いや、分かりませんね、まだ年相応……身長は低め……いえ、これは関係ない。皇というからには、何かしらに秀でているのでしょう」
イワンは分からなかった。
エリュシオンの影で暗躍する強大な存在がいるとしても、目の前の二人がどちら側なのか。
その言動からシュマがアンリの妹だとは分かったが、貴族では兄妹が不仲というのはよく聞く話だ。ネスとテルルのような想い合った関係は珍しいだろう。
カスパールの言動からはアンリへの忠誠が見え隠れするが、今回の質問をしてきた張本人なのでこちら側の可能性が高い。
「皇たる者、皇の能力は必須でありまして……いえ、アンリ様もそれにそぐわぬ逸材……しかし皇はその上を求められるし、他にも皇たる者が見つかれば。いや、そこは国民の総意といいますか、皇が皇であるには民の意見を尊重したほうがいいかもしれません。その仮定で優秀な人物が見つかれば……皇に……いえ、皇の右腕に……いえ、右腕を使って皇を……いえ、これは違います」
アンリ側にも、存在しない影の側にも配慮しないといけないため、単純な質問の答えは複雑になっていった。
その結果──
「先生、この人は一体、何を言っているの?」
「……分からん。同じ人族でも言語が若干違うのか?」
──何を言っているのか、分からなくなってしまった。
採用面接などの場で質問に対しての答えを返さないのは、意外とやってしまいがちなミスではあるが大きな減点ポイントだ。
カスパールは既に不合格と決めており、これ以上は時間の無駄だと判断した。
「最後のチャンスじゃ。アンリをどう思う。簡潔に──10文字以内で答えよ」
不合格と決めていても、これだけはハッキリとさせておきたかった。
「うふふ、よく分からなかったけど、当然
シュマも同様に、イワンを凝視する。
(こ、この圧は……こ、こいつらは、あちら側だ!)
目の前の二人は、現皇アンリの味方である。
この場で初めての正解を出したイワンは、大きな声で答えた。
「さささ、最高の皇でございますっ!」
その答えを聞いて少しは気が晴れたのか、二人はやっと笑顔になる。
「うふふ、さっきまでの答えはよく分からなかったけど、この質問は簡単すぎたかしら。エリュシオンで授業を受けている子供達でも、もっと素敵な答えを出せるわ」
「かっはっは、それもそうか。これが答えられなければ人間を辞めるしかないだろうて。さて、そろそろ結果を伝えてやろう」
圧迫面接から一転して陽気な雰囲気になり、イワンはホッとする。そして──
「お主には惹かれる物がまるでない。不合格じゃ。じゃあの」
──首を飛ばされた。
突如目の前で起こった凶行に、当然使用人達は悲鳴を上げる。
そんなものには慣れきっているシュマは、一切気に留めず他の者に質問を始めた。
「うふふ、ねぇ、あなたは? あなたはどうやって
「ひぃぃ!? イワン、イワンがぁぁ!!?」
聞かれた使用人はアピールどころではない。
争いごとには無縁だったため、首が無くなったイワンを見て叫ぶだけしか出来なかった。
「うふふ、残念。何も出来ることがないのね? 不合格だわ」
またも簡単に首が飛ぶ。
今回の面接に使用した時間は5秒だった。
パニックになりながらも、皆は何か答えないと死ぬことだけは理解した。
「わ、私は料理ができます!」
「料理など誰でも出来る。出来んと思っておる輩は、やろうと思ってないだけじゃ。不合格」
──首が飛ぶ。
「お、俺は警備兵をしてた! 腕には自信があります!」
「あら、たのもしいわ。だったら……あれ? うん、仕方ないわ、不合格だわ」
──首が飛ぶ。
「し、死にたくない! 助けて! 誰かぁぁぁ!!」
「出来るのは命乞いだけか? 不合格」
──首が飛ぶ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「うふふ、鬼ごっこができるの? でも遅いわ、不合格だわ」
──首が飛ぶ。
それからの面接は惨劇だった。
精一杯に自分の長所を述べても、二人には何も刺さらない。
使用人たちはやっと気づいた。
自分たちを悪から助けてくれたのは神でも救世主でもない。
アーリマン・ザラシュトラは、イドゥールネス・レイジリーよりも救いのない悪だったのだ。
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